Tarakan Op.146-2 Chetyrekh stikhotvorenijakh kapitana Lebjadkina |
ゴキブリ レビャートキン大尉の4つの詩 |
Zhil na svete tarakan, Tarakan ot detstva, I potom popal v stakan Polnyj mukhoedstva... Gospodi,chto takoe? To-est’ ,kogda letom v stakan nalezut mukhi,to proiskhodit mukhoedstvo,vsjakij durak pojmet, ne perebivajte,vy uvidite,vy uvidite...Pozhaluysta snachala! Zhil na svete tarakan, Tarakan ot detstva, I potom popal v stakan Polnyj mukhoedstva... Mesto zanjal tarakan, Mukhi vozroptali, Polon ochen’ nash stakan, K Jupiteru zakrichali. No poka u nikh shel krik, Podoshel Nikifor, Bla-go-rodnejshij starik... Tut u menja eshche ne dokoncheno,no vse ravno,slovami! Nikifor beret stakan i,nesmotrja na krik,vypleskivaet v lakhan’ vsju komediju,i mukh i tarakana,chto davno nado bylo sdelat’. No zamet’te,zamet’te,sudarynja,tarakan ne ropshchet,tarakan ne ropshchet! Chto zhe kasaetsja do Nikifora,to on izobrazhaet prirodu. |
むかしゴキブリがおりました 子供のころからゴキブリでした ある日 そいつが落ちたのは ビンの底の共食いの中 なんですの それは? それはですな、夏にハエ取りビンにハエがごっそり入ると、やつら共食いを始めるのです。どんなバカ者でも知っていることです。さあ口を挟まれますな。すぐに分かります。すぐに分かります。では初めからもう一度... むかしゴキブリがおりました 子供のころからゴキブリでした ある日 そいつが落ちたのは ビンの底の共食いの中 場所がゴキブリに占領されて ハエたちはブンブン大騒ぎ 「おれたちのビンは満員だ」と ジュピターさまに訴えます しかしハエたちが騒いでいると やってきたのはニキフォール とても高貴なご老人 と、ここまでしかまだ完成していないのですが、何はともあれ口で続けましょう! -ニキフォールはビンを掴んでわめき声には耳を貸さず、ハエもゴキブリもまとめて、この喜劇全体をゴミ溜めの中にぶちまけたのです。とうの昔にしておくべきだったことですな。ですがここです。肝心なのは、奥さん、ゴキブリはひとことも文句を言わなかったってことなんです。ゴキブリは不平ひとつ言わなかったんです。 それと、ニキフォールというのは実は自然のことなんです。 |
ボロディンの歌曲「よそさまは」とこの曲のおかげで、私はゴキブリのことをロシア語でTarakanということを覚えてしまいました。怪しげにゆったりと「タラカン、タラカン」と繰り返すインパクトはボロディンよりもこのショスタコーヴィチの方が圧倒的に強く、何度か聴くうちに思わず口ずさんでいる自分を発見してしまいます。この詩はドストエフスキーの小説「悪霊」の第1部第5章、スタヴローギナ夫人のところに押しかけてきたレビャートキン大尉が夫人の「なぜ」という問いかけに対する答えとして詠んだ詩です。
夫人の当惑して尋ねる「何ですの?それは」なんていう問いかけも歌の中に入って笑ってしまうのですが、全体として何を言わんとしているのかはさっぱり(私には)分かりません。夫人のツッコミのあとしどろもどろになって喋るところはテンポが速くなりますが、また最初の「タラカン」が戻ってきます。ここの耳にこびりつく「タラカン」のメロディはムソルグスキーの「蚤の歌」をイメージして頂くとソックリな感じです。ノミにゴキブリ(それにハエの集団も)、ロシアの風刺はきついですね(もっとも「蚤の歌」はゲーテが出典ですが)。ここでのクズネツォフの歌(Delos)は最高に面白いです。
( 2006.03.24 藤井宏行 )