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ひな人形    
  歌曲集「碧い部屋」
 
    

詩: 加古三枝子 (Kako Mieko,1916-2002) 日本
      

曲: 増本伎共子 (Masumoto Kikuko,1937-) 日本   歌詞言語: 日本語


詩:著作権のため掲載できません。ご了承ください


ソプラノ歌手・加古三枝子(1916-2002)は昭和10年代には他の多くのクラシック歌手同様流行歌の世界でも活躍していましたから、昨年私が聴き漁った昭和の戦時歌謡や流行歌の世界ではけっこう目にした名前でした。彼女が戦後・民族音楽学者の小泉文夫と結婚していたこと、また戦後はクラシックの世界に戻って東京芸術大で教鞭を取ったり、オペラ出演で活躍されていたことなどはそのあと知ったことなのですが、さらに彼女の書いた詩集「碧い部屋」に、伊達純、増本伎共子、柴田南雄といった人たちが作曲した歌曲集があるのを知り、柴田南雄の歌曲聴きたさに入手して聴いてみました。
確かに柴田作品も繊細な美しさで素晴らしかったのですが、より印象に残ったのが増本伎共子(きくこ)さんの作品、この詩集の中でも小泉家の生活感あふれる微笑ましい詩に曲を付けているのですが、音楽がとても鮮烈なのです。
以前日本歌曲で、義太夫などの語り物のスタイルを実験的に模したものとして橋本国彦の「舞」を取り上げましたが、増本作品はこのスタイルを更に先鋭化して日本の伝統音楽とクラシック歌曲の融合を試みている(現代音楽でよく聴かれる無調で「語るような歌」を、日本の語り物の伝統の延長線上に構築している)のが実に面白い。
調べてみると彼女は梁塵秘抄や枕草子など、古典文学をテキストとした歌曲をたくさん書いています。これらも恐らくこんなスタイルで書かれているのでしょう。
日本の歌のひとつのあり方として、非常に興味深い取り組みをされている方だと思います。

さて、この加古さんの詩に付けた曲では、帰省で人気のなくなった東京の灼熱と午後のけだるさ〜「孤独」、大きくなってしまった娘のため箱から出して飾らなくなった雛人形。テレビでは盛んにひな人形のCMをやっているのだけれど...〜「ひな人形」、外国に出張中のパパの誕生日を娘とふたりでささやかに祝う〜「留守番中のパパの誕生日」、微笑ましい題材なのですがこれをモダン義太夫とでもいうべきその斬新なスタイルで聴くと何とも言いがたい雰囲気。歌っている加古さんも67歳のときの録音でもありますし、まだ瑞々しい声とはいいながらも元々リリックな声の人ですからこのスタイルはかなり苦しそうです。関定子さんとかもっと現役ばりばりの貫禄ある人が歌うとより魅力を発しそうな曲なので、忘れ去られることなくもっと取り上げられると良いのに、と思います。

この「ひな人形」、筝曲のようなきらびやかなメロディのピアノ伴奏にのせての義太夫風の語りの組み合わせが絶妙の面白さ。歌詞の面白さとともになかなかの傑作歌曲ではないかと思います。少なくとも「ひな祭りコンサート」なんてのがあれば短い曲ですし取り上げられてはいかがなものかと。

この曲の楽譜とCDは、東京芸大の小泉文夫資料室で手に入れることができるようです。CDでは加古さんが歌ったメノッティの室内オペラ「電話」のルーシーのアリアなんていう嬉しい曲も入っていて聴きものです。

www.geidai.ac.jp/labs/koizumi/present.html


増本作品は、ソプラノの青山恵子さんがけっこう取り上げており、録音もいくつかあるようですのでこれはぜひ聴いてみようと思います。
間宮芳生さんなどによる日本民謡の編曲とは別の路線で日本の伝統音楽とクラシックの融合を図った興味深い試みとして、もっと色々と聴いてみたいと思えたのです。

( 2006.03.02 藤井宏行 )


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