Broshennyj otec Op.79-6 Iz Jevrejskoj Narodnoj Po`ezii |
捨てられた父親 ユダヤの民族詩より |
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ほら 屑屋さん、ガウンを着なよ あんたの娘が警官と駆け落ちしたって皆言ってるよ ツィーレレ、娘や、父さんのところへお戻り 奇麗な晴れ着を買ってやるから ツィーレレ、娘や、 お前にイヤリングも指輪も買ってやるから ツィーレレ、娘や、 それにいい男も見つけてやるから ツィーレレ、娘や、 あたし、晴れ着は要らないわ あたし、指輪も要らないわ このお巡りさんとしか あたしは結婚しないのよ お巡りさん お願い 早く 追い払ってちょうだい この老いぼれユダヤ人を ツィーレレ 娘や!父さんのところへお戻り |
ミュージカル「屋根の上のヴァイオリン弾き」でも主人公テヴィエの娘たちのうち、三女のチャヴァは禁断のロシア人との結婚を選び家を飛び出します。
閉じられたコミュニティの中で、同じ宗教を持ち、同じ生活習慣の中で永遠に同じ暮らしを続ける、ということに対し、とてつもない息苦しさを感じてそんな風に飛び出していく若者も多くいたことでしょう。ましてや彼らは酷い差別を常に受けている立場でもあったわけですから彼ら飛び出していってしまう若者のことを誰も責めることはできません。ですがこの詩の中の「お巡りさん お願い 早く 追い払ってちょうだい この老いぼれユダヤ人を」のところの鮮烈さはどうでしょう。人間の哀しさをこれほど痛感させることはありません。
辛く苦しい生活から逃れるためには、肉親に対する情ですら打ち捨ててしまわざるを得ない状況。テノールの歌うか弱い父親と、メゾの力強い娘の対比も悲しいですし、叩きつけるようなピアノの激しい調べもこのような状況にたいするやり場のない怒りをぶつけるかのよう。力ないテノールによる娘の名前「ツィーレレ」の連呼が空しく響きます。友人や家族ですらこんな風に密告しあい、秘密警察に突き出していたスターリン下1930年代の悲劇の描写、といっては深読みに過ぎるでしょうか。
( 2006.02.25 藤井宏行 )