当サイトのメインコンテンツである【体験談】、8-5で登場してもらっている新田兄弟(仮名)は、三十代半ばで、奥さんと、幼い子供さんがおられました。
奥さんも、ご両親も、エホバの証人信者でした。
また、親族のなかにもほかにも複数(多数?)、信者の方がおられたようです。
新田兄弟のお仕事は、「手に職がある」系統のもので、かなりの収入を得ているようでした。
私の知っているかぎりでは、エホバの証人信者は、成人男性でも、妻子持ちであってさえも、パートやアルバイトで生計を立てている方が過半数だったので、新田兄弟は例外的な存在でした。
兄弟ご自身、「金儲けには強い関心がある」と明言しておられ、それは、妻子を連れて、言わばエホバの証人の本場と言えるアメリカに移住し、より深く真理を学ぶ、という夢があるので、夢を実現するための資金稼ぎであるということでした。
私は、ここまで明確な「夢」を持っている信者の方は、ほかにはお会いしたことがありません。
私の見てきたかぎりでは、ほとんどの信者は、将来について、パートやアルバイトでいつまで食って行けるのか、漠然とした不安を覚えつつも、「でも、まあ、たぶんそのうちハルマゲドンが来るんじゃね?」といったあいまいな見通しにすがりついて、日々を送っている方が大半のように見えました (T▽T)
そんな、開拓奉仕に賭けた青春、でもみんな目が死んでる中にあって(あるいは、地に足がついてない、目があらぬ方角を向いてる感じで、みょうに明るい信者もいたが、これはこれで危なっかしい)、新田兄弟は一際はつらつとしておられたように見えましたし、じっさい、会衆内での発言力も、大きなものでした。
エネルギッシュで、礼儀正しく、私は、彼に、ひとつの「エホバの証人の理想形」を見ましたね。
同時に「組織のため」とあらば、心の痛みを感じることなく個人を踏みにじる、忠節心と表裏一体の冷酷さ。かつ、自分ではそれを「冷酷さ」と認識することのない倒錯。まさに理想の特質です。
……いや、あくまで私の勝手な印象ですけどね。(本人の知らないところで言いたい放題。失礼な話ではある。ごめんね兄弟)
ですから、8-5、8-6で書きましたとおり、私の母が、「組織を疑問視する」という、組織側から見るとなかなかに厄介な問題を起こした際、おもに新田兄弟が話し合いの場に出てきたのは、とうぜんと考えられます。
で、私は母から聞いたのですが、新田兄弟が、母を「説得」するにあたり、兄弟がさかんに使った言葉が、「視点と視座のちがい」という言い回しだったそうです。
「視点と視座のちがい」、「視点と視座のちがい」と、このひとことですべて説明がつくかのように、連呼していたと言います。
私自身、新田兄弟がこの言い回しを口にするのを、べつの場面で一、二度、聞いた覚えがありますので、彼のちょっとした「口ぐせ」なのだろうと思われます。
「視点と視座のちがい」とはちょっとわかりにくい言い方ですが、たぶん、要は、「ものの見方のちがい」という意味でしょう。
思いますに、「視点と視座のちがい」ですべて説明できる、というのは、きっと、新田兄弟の中では、心底から信じ込める、強いリアリティのある「事実」なのだろうな、と憶測します。
信じることをやめた人間や、外部の人間は、エホバの証人組織を信頼できない理由として、「教義がころころ変わる」とか、矛盾、欺まん、こじつけ、あれやこれや、もう、いくらでも、挙げられるわけですが……。
ぜんぶ、「視点と視座のちがい」で片付くのですよ。
「エホバの証人組織は、絶対に、正しい!!!!」という視点(前提)に立ってものごとを見れば、反証のひとつやふたつやみっつやよっつ(以下略)、挙げられたところで、すべてはねのけられるのですよ。
畢竟、
「エホバの証人組織だけが、神の導きを受けており、教義が変わるのも、すべては神のご意思である。背教者が指摘してくる反証は、ぜんぶ、悪魔のまやかしである。悪魔は、とても巧妙なので、信仰心の弱い者は欺かれるのだ」
と、こんなふうに信じている(信じたい)人間には、外からどう言ったところで、話が通じません。
無敵のバリアー張ってます。
……
私は時々考えてしまうのですが、新田兄弟のような人が、エホバの証人という、大掛かりな妄想から、「救出」される見込みはあるのでしょうか?
もし仮にそんなことになれば、彼は、まず、「自分が信じて、熱心にやってきたことはなんだったのか」と強いショックに打ちのめされますよね。
これまでに一般の人々を熱心に勧誘してきたことを、「真理を伝えて、命を救おうとした」と誇らしく思っていたところが、「欺いて、人生を狂わせていた」という罪責感になって返って来ます。
そして、かつての信者仲間からは「背教者」「罪人」「神の敵」とそしられて関係を断ち切られ、この人間関係の破壊は、ことによると家族や親族にまでおよびます。
信者である親から勘当されることも、配偶者から離婚されることもあり得ます。
これまで目標にしてがんばってきた人生設計も、「復活」や、「永遠の命の希望」といった死生観も水泡と消えて、
た だ の ウ ソ に踊らされていた自分の生き方を、ゼロから考え直さなければなりません。
……考えるだけで恐ろしい……。
これほどの体験に、耐え得る人間がいるだろうか \(@▽@)/
理想を言えば、専門家が、適切で念入りな「救出カウンセリング」をほどこし、生活パターン、人間関係、人生設計にいたるまで周到にバックアップすることが望ましいでしょう。
しかしそんな専門家がそうそういるはずも、それだけの手間をかける予算もあるはずがなく。
たとえば「エホバの証人組織が、無差別テロなどの計画を立て、彼も率先して実行にあたろうとしている」とか、そのくらいわかりやすい、せっぱつまった事態にでもならないかぎりは、「放っておく」しかないのでしょう。
なんらかのきっかけで、自力で、考えなおしたり、気づいたりする可能性を、祈るのみです。
ああ、無力感。
……
この私は、幸いにも自力で脱出し、母や妹をも「救出」できたという、たいへんラッキーなケースですが、このあとうまく社会復帰できる自信は、正直なところ、あんまりありません。
5年先、10年先に、けっきょく自殺しちゃいましたテヘ★ みたいなみっともない結末だけは、なんとか回避できるよう、がんばりたいとは思っていますが。
……しょぼい人生送ったら、ぶっちゃけちょっと苦手な故ゆーじさんに、あの世でどやされそうだしなぁ。