<Deep Blue>


#4「人魚」

(ケイちゃんのここも、ぬるぬるしてるよ……)
 俺のモノをくわえていた彼女が身を離し、見上げてくる。
(うれしい。感じてくれてるのね)
 言うと、いきなり口唇が根元まで『俺』を飲み込む。
 ごぽぉっ。
 予期せぬ快感にあげた声は、ひと群れの泡になった。おかげで一気に呼吸が苦しくなる。
体勢を入れ替え、俺は息継ぎをせがむ。
 が。
 沙耶はいたずらっぽく笑うだけで、唇を触れてはこない。浮かび上がろうとしても、しっかりと
腰を抑えつけて、浮上を許してはくれない。心臓が脈打ち、肺がかっと熱くなる。
 酸素を求める渇望が強くなる。なのに、沙耶の口唇は俺をくわえたまま、快感を与え続ける。
すさまじい快感と、呼吸への欲求。こめかみがどくん、どくん、と脈を打っているのが分かる。
 苦しい、沙耶。息が、息が……もう。
 心の声は聞こえているはずなのに、沙耶は聞こえないふりをする。
(ねえ、イキたい? ケイちゃん……)
 沙耶は水着をずらし、秘所を露にした。じゅうぶんに刺激され、粘液にあふれたそこは、
きゅうっとしめつけながらもスムーズに俺を飲み込んだ。
 熱い……!
 口唇よりも熱く、複雑な構造を持った粘膜が、俺を包み込んでくる。
 ぼっ、ごぼぼっ。
 俺は立て続けに気泡を吐き出した。
 ひくひく動く沙耶の内部が、海の底に棲む軟体生物のように俺にからみつき、刺激してくる。
とてつもない快感。
 ごぼ、ごぼぼぼぼぼっ。
 なんて、なんて気持ち良さだ。
 頭の中には、それしか思い浮かばない。
 息なんか残っていないはずなのに、俺の咽喉は悲鳴のように気泡を吐き出し続ける。
生命の息吹が逃げてゆくのが、快感を倍加させている。俺は溺れる寸前だ。なのに、それが
官能を増しているなんて。
(……んうっ……きもちい、いの…… 気持ちいいよぉ……っ)
 酸素不足でガンガンする頭の中に、沙耶の声だけがクリアに響く。
(あたしの中、ケイちゃんでいっぱいだよぉ……)
 幼児のようにささやき、長い髪を水に乱し、とろんとした目をする沙耶。水着に包まれた胸を
そらし、大きく叫ぶように口を開けても、彼女の口からは、気泡はこぼれはしない。魚みたいに
唇をぱくぱくさせて、水を呼吸し、あえいでいる。
 魚なのだ、彼女は。
 だけど俺は、息ができない。もう、肺はからっぽだ。
 目の前に星がちらつく。やばい。
 身を起こすと、彼女が口付けし、息を与えてくれた。何度も何度も息を吸い、ようやく肺が
落ち着く。
 余裕と快感を取り戻した俺は、彼女の奥深くまで突き入れる。
(……んっ…… あ、あ…… ああ……っ)
 思い切り、腰を突き上げる。沙耶の奥深くに届くまで。熱い粘膜が、ひくん、と動く。俺を深く
飲み込み、しめつける。
 見上げれば天井の明かりが遠く揺らめく、水深五メートルのプールの底で。上になり、
下になり、重力から解放された身体を、水棲動物のようにからめあう。なんて……なんて気分だ。
 深い水の底で、俺たちはどれだけ長い間愛し合っていたのだろう。冷え切った身体のなかで、
互いのつながった部分だけが、熱を帯びていた。
 彼女は俺が苦しくなる度に息を継いでくれていたが、だんだんと忘我の表情を浮かべるように
なった。息をくれるどころか、彼女自身が呼吸をはずませ、あえぎ、わずかに細かい気泡を
吐き出す。ここが地上なら、ひっきりなしに声をあげていることだろう。乱れる髪の間から、
眉根をよせ、せつないような、泣きそうな顔が見える。
 必死に息をこらえながらも、愛おしさがこみ上げてくる。彼女は、全身で俺を求めている。
(ケイちゃん…… ケイちゃんケイちゃんケイちゃぁん……!)
 名を連呼し、きゅうっ、としめつけてくる。
 俺の息も快感も、限界だった。
 いくぞ、沙耶。
(一緒にいこう、ケイちゃん)
 ふっと、優しい表情が彼女の顔に浮かぶ。
(……っ!)
 強く連続して突き上げる。
 沙耶が背をのけぞらせ、声にならない悲鳴をあげるのと、俺の咽喉から大量の気泡が
沸き上がるのが同時だった。
 彼女の中に、どくどくと俺のものが流れ込む。
 と、同時に。
 痙攣する彼女の下半身に、変化が生じた。
 しなやかな水着の生地が限界を超えて伸びきり、破れはじめる。『俺』をくわえこんだまま、
沙耶の太腿が融合する。性器だけを残して、脚全体が真珠色の鱗に覆われてゆく……
 ぬるり、と押し出された。息が持たない俺は、彼女の変化を見届けるべくもなく、浮上する
しかない。
 水面に顔を出して大急ぎで息を継ぎ、再び潜った俺は。
 プールの底で、完全な人魚に変わった彼女の姿を見た。破れた水着がかろうじて肩に
ひっかかり、胸を覆っている。だが、(ウエスト)から下に伸びるのは、すらりとした滑らかな
ライン、パールブルーの魚のかたちだった。下半身を覆う鱗の間にひとすじ、柔らかなスリットから
のぞく淡いピンクのひだを、快感の余韻に未だひくつかせている。大きな、薄い花びらのような
尾ひれが、ゆらゆらとものうげに揺れている。
(ケイちゃん…… あたし、ほんとうに人魚になっちゃった)
 沙耶の言葉が、息を詰めた俺の頭に響く。
 俺は水底で、彼女の冷たい口唇に、そっとキスをした。

(了)