“Now, when I say ‘Go,’ I want you to hold your breath and close your eyes tightly.”
                                           ―Rachel Ward in Fortress

「そしたらその後、私が酸性雨の実験を・・・」

「ダメだよ。いきなり実験やっても誰も分かんないでしょ。先に衣笠君の発表をやって、千登勢はそれから」
「えーっ」
 言葉を遮られてしまった千登勢は、少しむくれたような表情で麻耶を見上げた。
 二人の少女が、岸辺の通学路を学校に向かって歩いている。
 共に中学二年生なのだが、背丈は頭一つ分程違う。
 小さい方の千登勢は、外見も言動も幼い。村きっての旧家の、しかも両親が年取ってからの一人娘という環境がそうさせるのか、素直で率直、そして根っからの甘えん坊である。最近では、親にねだってクラスの他の誰も持っていない新型携帯ペットを買ってもらい、名前まで付けて持ち歩いていた。
 一方の麻耶は、実年齢よりもぐっと大人びて見える。水泳部で鍛えたしなやかな肢体をしており、長い髪はポニーテールにまとめている。顔立ちは、日に焼けて少し浅黒なのを除けば、もう美人と言って良かった。
 2人はもちろん姉妹ではない。だが、同年代の少年少女の少ないこの鳥海村では、姉妹同然に仲が良かった。1学年1クラスだから、クラスも当然いつも一緒。
 今日は、この2ヶ月を費やした理科総合学習の発表日なのだった。昨晩は、千登勢、麻耶、そして他の研究班の面々が千登勢の家の離れに集まり、遅くまでかかって発表用パネルやらビデオテープやら、実験用道具やらを準備した。そういった物々の多くは、今千登勢と麻耶が提げているボストンバッグに収まっている。今日はプールの授業があるので、ついでに水着やタオルも一緒だ。
 学校までは徒歩でおよそ30分。まだ7月の上旬であり、暑いという程ではなかったが、荷物を提げて歩いていると朝とはいえじっとり汗ばんできた。
 その時、麻耶の横を歩いていた千登勢がふと声を上げた。
「あれ、なんだろあの車…」

T