よろよろ  ──赤騎士団・要人会議より──


深夜のロックアックス城の奥深い一室。
集結しているのは赤騎士団の要人たち。いずれも丑三つ時の召集に眠い目を擦りつつ……と思いきや、存外に元気である。このあたり、上に立つ騎士団長の宵っ張りが伝染しているらしい。
さて、その席には当の美貌の騎士団長はいない。副長以下、十名の騎士隊長が所定の椅子に座り、その副長が普段ならば団長が座る議長席に腰を据えている。
「……では、今回の緊急動議の発議者・エルガーより、主旨の説明を」
第三隊長が姿勢を正して周囲を一覧した。
「本日はかような時間に申し訳ない。事態は急を要すると判断し、第四隊長ウォールと相談した上でランド副長に議会召集を申請した」
第四隊長が後を続けた。
「……かねてより、おれとエルガー殿で話題になっていたことなのだが……、これは我ら二人では手に余る問題なので、赤騎士団の中枢を担うすべての騎士隊長にも一考願いたいと思った次第」
第一隊長が怪訝そうに遮った。
「……エルガー、ウォール……おまえたち二人の合案発議ならば、カミュー様をお呼びしなくて良いのか?」
「はい、ローウェル殿。かような議案、なろうことならカミュー様のお耳には一切入れたくはありません」
「ふむ」
副長は軽く同意するように頷いた。
「カミュー様は何かとお一人で問題を抱え込まれる質の御方、我らで解決できることならば、それに越したことはない」
「まったくもって同意見であります」
第八隊長が勢い込んで声を上げた。
「先日など、中庭に雑草が生えているとカミュー様の前で洩らしたところ、即座に草むしり部隊の編成に入られてしまわれて……」
「あの時は参ったな」
「……草むしりにまで神経を割かれる必要などないのに……」
「そこがカミュー様だな……」
「繊細でおられるから……」
「だが、しまいには面倒だと、紋章で雑草を燃やしておられたぞ」
「……豪胆なところも素敵だ……」
「おまえたち、控えよ。議案が進まないではないか」
次第にずれていく隊長たちの意見に焦れて、副長が軌道修正を図った。
「それで? エルガー、先を続けよ」
「はい……実は、騎士団の風紀の乱れについてなのです」
「風紀? それほど乱れているとも思わないが……」
首を傾げた第二隊長に、第四隊長がつらそうに首を振る。
「いえ、乱れております。言い難いことではありますが、カミュー様を巡って」
「なに?!」
聞き捨てならないとばかりに一斉に男達が身を乗り出した。代表する形で第二隊長が叫ぶ。
「貴様、不遜だぞ! カミュー団長の何処が乱れておいでというのか!!」
「お、落ち着いてください、アレン殿。わたしはカミュー様が乱れておられるとは一言も申しておりません。カミュー様の周囲が乱れている、と……」
「あ、ああ……そうか。なるほど」
第二隊長は思わず立ち上がりかけていたのを恥じたように、ゆっくりと座り直した。
「すまん、どうもあの御方の名を聞くと冷静でいられない。続けてくれ」
「……わかりますとも、アレン隊長。わたくしなども、遠くでカミュー様の噂などが聞こえると、思わず立ち止まって耳を澄ませてしまいます」
「そうか……君もか、グスター。困ったものだな」
「これは習性ですな」
「はっはっは」
……笑っている場合ではなかろう。副長はぼんやり考える。こんな調子で、いったい今夜中に会議が終わるのだろうか。
そんな彼の様子を見かねたのか、第一隊長が厳しく言った。
「よいか、今後はつまらぬ横槍を入れぬように。続けろエルガー、ウォール」
「は、はい。ええ……各々方、まずはこちらをご覧いただきたい」
二人の騎士隊長は長テーブルに座った他の隊長たちに数冊の冊子を回し始めた。
「エルガー殿、これは…………?」
「近頃、赤騎士たちの間で回されているものだ……中身を見てもらいたい」
最初に受け取って冊子を開いた第二・第五隊長は、一気に咽込んだ。
「な、な、な、何だ、これは?!」
驚愕のあまり呼吸困難になった二人に、更に横の騎士隊長が首を寄せ、同じように絶句する。
「………………同人誌、というものだそうです」
「我らも実際目にするのは初めてでしたが…………驚きました」
「カ、カミュー様が…………カミュー様が…………」
「マイクロトフ団長に…………」
「……………………犯られておられる………………」
如何なるときも敬語を忘れない、礼節に厚い騎士隊長。その一言に驚いた他の男達が、慌てて席を立って集まってきた。
「……どうやら城下の娘たちが作っている本らしいのですが……実はかなり以前から、赤騎士団の中ではこうしたものがやりとりされていたようです」
「うーむ…………これは凄い…………」
「……凄いというより、酷いぞ。カミュー様がお泣きになっておられるではないか!!」
「そ、そういう問題ではないでしょう?」
「それより、こっちを見てみろ!! これは許せん!!」
「うわあああああっ、やめろ!! 白ブタにカミュー様が〜〜〜〜〜っ」
「くっそー、ブタの分際で道具を使うなど、言語道断!!!」
「……………………おまえたち…………」
「あ、見ろ。このカミュー様は美しくておいでだぞ」
「本当だ……だが…………、ああっ、やはり!! マイクロトフ団長となさっておられる〜〜〜!!!!」
「…………おまえたち」
「しかしなあ……、悔しいことだが、これは実話ではないか。よもや城を覗き見て作ったわけではないだろうが……恐ろしい想像力だな」
「感心なさっておられる場合ですか、ローウェル殿! 我らのカミュー団長が、かような形で弄ばれておられるのですよ!!」
「ミゲル……まあ、『初恋の君』がカミュー様であるおまえにはつらかろうが」
「そっ……、そういうことを言っているのではありません!! 確かにこれは赤騎士団の風紀の問題ではありませんか!」
「しかし……出回っているものを回収するのは難しそうだな……」
「これ!! これをご覧下さい!! カミュー様が、カミュー様が〜〜」
「うおっ、カミュー様がマイクロトフ団長を、く、口で…………!!!」
「お、おれもしていただきたいな〜」
「き、貴様! 許しがたいぞ、その台詞!!」
「ああっ、申し訳ありません、つい〜〜」
「おまえたち!!!」
終に温厚な副長がキレた。部下の手から冊子を残らず取り上げ、汚れ物を掴む手つきでゴミ箱に突っ込んだ。
「こうしたものは個々人の趣味であり、周囲がとやかく言うものではない。読む・読まないは本人の判断であり、それが『主体性』を信条とする我が赤騎士団であろう。それよりも、問題の根本は別にあるのではないか?」
副長の弁舌に、一同は我に返った。すごすごと元の椅子に戻りながらも、何故か目線は副長席の下にあるゴミ箱に向かってしまう。どうやらもう少し見たかったようだ。
「……部下たちがこうしたものに駆り立てられてしまう原因を探求しよう」
「そうですな、それがいい」
第一隊長が同意した。
「意見のあるものはいないか?」
「わたしは……カミュー様が朝、よろよろしておられるのが問題なのではないかと常々考えておりました」
「確かに……カミュー様には朝方、よろよろなさる傾向がおありだ。そのあたりから、部下たちがよからぬ妄想を働かせるのかも知れん」
「……颯爽となさっておられても、それなりに妄想は働く気が致しますが」
「いや、やはりよろよろなさるのが一番でしょう」
「嫌でも前夜のことを連想させますからなあ…………」
一同は深い溜め息をついた。
「だいたい、何故あのようによろよろになるまでなさるのでしょうな、マイクロトフ団長は……」
「わたしの部下に一人、その道の男がいるが、それほど酷くはならないと言っていたが」
「…………やはり大きいんでしょうかねえ……」
「げ、下品なことを言うな!!」
「いや、有り得ると思いますな。あの体格に力です。カミュー様がよろよろになられても無理はないかと」
「……………………潤滑剤は使っておられるかな」
「ううむ、マイクロトフ団長ですからなあ……そのあたりにはあまり期待できませんな」
「カミュー様は如何でしょう?」
「馬鹿者、カミュー様とて男相手に長けておられるわけではないぞ。ご存知なくともやむを得ぬ」
「さ、さりげなくお部屋に置いておくのはどうでしょうか?」
「……わざとらしさの極みだな」
「ああ、何とかカミュー様をお楽にしてさしあげられないものか……」
「あ、あのう」
一番年若の第十隊長がおずおずと口を開いた。
「やっぱり……しんどいものなんですか?」
一同ははたと瞬いて、顔を見合わせ苦笑した。
「……経験がないからわからんが」
「多分」
「よろよろだし」
「……でもそれは、女性相手にしてもなるのでは? 要するに、限度の問題なのであって」
「つまり……カミュー様がよろよろになるまで満足なさっておられるということか?」
「うおおおおっ、それはそれで嫌だ〜〜〜!!!」
「お、落ち着け、ランベルト!」
「ええい、煩い! 話が進まないではないか!!」
激怒した第一隊長が勢い良く机を叩いた。途端に室内は静寂に包まれる。
「大きかろうが、準備が悪かろうが、それは二の次だ! マイクロトフ団長に控えていただく、これで万事解決ではないか!!」
おお、と騎士隊長たちから拍手が沸いた。議長席の副長がほっとしたように息を吐く。
「それで、ローウェル。その具体案は?」
「そ、それは」
第一隊長は途端に詰まった。
「……そうですよ、あのマイクロトフ団長にどうやって控えていただくと?」
「う……、やはり、その…………お願いする、とか……」
「あの!マイクロトフ団長に、直接ですか?! 『我らのカミュー様がよろよろにならないよう、夜の方を控えてください』、と?」
「……猫の首に鈴をつけに行くような感じですな……」
「……文書は如何でしょう。これは赤騎士団の正式な議決なのですし」
「文書はまずかろう。万一カミュー様の目に入ったらどうする?」
「……ですな。マイクロトフ団長のことです、『カミュー……このようなものが来たのだが、どうしたらいい?』などと相談なさりそうですし」
物真似の上手い第九隊長の意見に、一同は肩を落とした。
「そうなると、やはり誰かが決死の覚悟で直接進言しに行かねばならん」
「…………あれは猫というよりゴールドボー、いや……ホワイトタイガーですね……」
「どうする、アミダで決めるか」
「待て! その前に内容を確認しておこう」
「ええと……『我が赤騎士団の風紀維持のため、カミュー団長がよろよろになるまでなさらないでいただきたい』」
「……『騎士のつとめ』を入れた方がいいな」
「『そこまでやるのは騎士の恥!』も入れたらどうだろう」
副長は隊長たちの言葉をさらさらと書面に記し、静かに読み上げた。
「……『我が赤騎士団の風紀維持のため、ひいては騎士のつとめを果たすため、カミュー団長が朝方よろよろなさるほど激しい夜は控えていただきたい。節度を守れなくば騎士の恥と存ずるが、如何か。尚、これは赤騎士団の総意であり、誠意を持った進言である』」
「おお! ランド副長、完璧です! それならばマイクロトフ団長も納得なさってくださるでしょう」
「……そうだろうか、わたしには一抹の不安が…………」
低く呟いた副長の言葉は他の男たちには届かなかった。
「では、あとは鈴つけ任務に誰があたるか、だな!」
「よし、わたしがアミダを作りましょう!!」
「……………………もう朝だぞ………………」

 

さて、運悪く任務に当たってしまったのは、最年少の第十隊長だった。
徹夜の首脳会議を終えて兵舎に戻る途中、最悪なことに今朝もつやつやした顔色で早朝訓練に向かおうとしている青騎士団長と鉢合わせてしまった。
朦朧とした意識の中、それでも必死に任務を遂行しようとする。
「お……おはようございます、マイクロトフ団長」
「おお、早いな。どうした、こんな時間に……」
朝から心底満足げな青騎士団長に、青年騎士隊長は何度も暗唱した文面を思い出そうとつとめた。ところが、徹夜明けの頭はどうにも鈍かった。
「……マイクロトフ団長、ご進言申し上げます」
「う、うむ。何だ?」
すでに正常な思考を欠いている騎士隊長には、目の前の男が大きな猫科のモンスターにしか見えていない。
「……騎士団の風紀維持のため、よろよろ……、よろよろになるほど激しいのは控えた方が良いかと思われます! それが騎士のつとめであり、よろよろするのは騎士の恥!!」
……哀れ。主語は落ち、文脈もバラバラ、当初の内容とは綺麗に違っている。
しかし青騎士団長は神妙な顔で頷いた。
「あ…………ああ、そうか。そうだな…………心掛けることにする」
中途半端に任務を果たした騎士隊長がよろよろしながら早足で去っていくのを見送り、青騎士団長は苦笑していた。
「……そうか、早朝訓練もほどほどにしないと青騎士たちがよろよろになってしまう、そう案じてくれたのだな。このマイクロトフ、肝に銘じるぞ!!」

 

一晩かかった会議の結果が脆くも崩れている頃、やっとのことでベッドから抜け出てよろけながら執務室の机に座った赤騎士団長は、隣の机の副長が必死に欠伸を噛み殺しているのに気づいた。
「……どうした、ランド……おまえも寝不足か?」
無意識に『も』などと言ってしまっている上官に、副長は哀しげな笑顔で首を振る。
「も、申し訳ありません……。実は昨夜、夜通し騎士隊長たちと騎士団の風紀についての討論を致しまして…………」
「……熱心なことだな、あまり無理をするなよ」
それはこちらの台詞です、そう心で呟いて微笑んだ副長は、実にまずいことを一つ失念していた。
会議室のゴミ箱に忘れてきた怪しげな冊子。
発行元を密かに控えていた元気な騎士隊長たちはともかく、掃除に入ったメイドたちの手によって、それらの本ががますます激しく騎士団に広まっていくという恐ろしい結末を。

 

今日もロックアックス城は平和な朝を迎えていた……。

 


よろよろ…………。
ヘンなリクくれるからです、マッピー大王様。
このあと、まだ夜な夜なもあるし〜〜(苦笑)。
しかし赤騎士団、だんだん救いようがなくなってきましたね……。
自分の馬鹿さに気づいてないうちが、人間一番幸せなのでしょう……。

   

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