乙女たちの闘魂日記


ジョウストン新都市同盟軍の本拠地の居城。
健全な仲間たちが寝静まった刻限、一室に集う不健全な乙女たちが在った。
眠そうに生欠伸を繰り返すグラスランド出身の旅芸人姉妹の横、名門ニューリーフ学院の制服の肩が小刻みに揺れている。
「い、いい……」
くぐもった声が呻き、それから歓喜の雄叫びとなった。
「いい、いいですよ、リィナさん! 最高!」
書面の束を胸に抱き、くるくるとあたりを回り始める。
「これぞ我がマチルダ・サークルの求める真髄……ああ、生きてて良かった〜」
「光栄だわ、ニナちゃん」
「しかも! 何と今日は第一次締切ですよ? こんな余裕がかつてあったでしょうか……いや、ない! 凄いです、リィナさん〜〜〜」
反語まで交えての手放しの賛辞に、まんざらでもなさそうに微笑んだ妖艶なる乙女は傍らの妹と顔を見合わせる。
「アイリが手伝ってくれたお陰ね」
「うん、今回はあたい、原稿なかったから……」
乙女の身でありながら新同盟軍にて戦う勇気ある彼女らには、もうひとつ裏の顔があった。
最近では専ら裏家業にて新同盟軍に貢献しているとさえ噂される乙女たちの正体、それは所謂『同人屋』、通称は新同盟軍・邪ユニット。仲間であるマチルダの元・騎士団長二人をネタに、煩悩の発露たる作品群を出版しているのである。
購読会員のおよそ8割が騎士団員というあたりからして既に普通ではない世界だが、喜んで読んでくれる人間が一人でもいれば奮い立つのが同人の理、彼女らは日々己の睡眠を磨り減らして新刊発行に勤しんでいる。
さて、今回の発行物には一つのテーマが与えられていた。ユニットの実質的権力者であるニナが決めたそれはズバリ『エロ』。そろそろ年の瀬も迫る本拠地に住まう煩悩仲間たちに潤いを、との配慮であったらしい。
面子の一人であるアイリは通常お笑い四コママンガを担当しているため、今回のテーマにはそぐわないだろうと早々に離脱が認められた。代わりにシリアスマンガ担当の姉の手伝いが義務付けられており、その助力もあって珍しくも第一次締切に完成品を提出することが出来たリィナなのである。
美しくも邪な姉妹の支え合いの結晶を改めて眺めながらニナはうっとりと独白した。
「飛び散る汗、戦慄く肢体! これぞ、エロですよ〜」
「恥ずかしいわ」
「それにこの、……ぼかし方がまた何とも……リィナさん、腕を上げましたね」
「嫌だわ、ニナちゃん……」
ほっと頬を染めて乙女は俯く。
「極めつけは、この大胆きわまりない体位! マイクロトフさんったら〜〜〜」
別にこの場にいる訳でもない青騎士団長を冷やかしながら喉の奥で含み笑う姿は取り憑かれているようにしか見えないニナである。
「それさぁ……大変だったんだよ〜。なかなか決まらなくてさ、アネキったらあたい使って体位の研究したんだから」
涙をそそる打ち明け話に入る妹に、姉はひっそりと笑んだ。
「ふふ……わたしたち、兄弟だったら危なかったわね……」
「あ、その場合でもアイリちゃん攻めでお願いしますね」
あくまでも年下攻め嗜好の強いニナが言えば、同志である姉妹も当然のことの如く頷く。
「じゃあさ、じゃああたいが『怖がるな』とか言っちゃうんだね?」
「わたしは『こんな……っ』って喘がなきゃいけないのね」
久々に余裕を持ってノルマを終了した乙女たちは浮かれているようだった。
そこでふと、ニナが我に返って首を傾げる。
「そう言えば、エミリアさんは?」
面子の最後の一人、最年長である図書館長がいない。
「今日が第一次締切とは知ってる筈だよ?」
「エミリアさんのことですもの、大丈夫よ」
一応は年長者の責任感を持つ彼女は会合に遅れた試しはない。予備締切には始終遅れているが、更に遅れる連中がいるため目立たない。最終締切は死守する、それが小説担当エミリアの信念なのである。
「ねえねえ、今日エミリアさんの原稿も揃っちゃったら、早期割引とかにならないかな」
はしゃいだ調子のニナにアイリが印刷担当マルロを思い浮かべて首を傾げる。
「うーん、どうかな。いつも半殺しにしちゃってるし……」
「交渉次第ではペーパーくらい無料にしてくれるんじゃないかしら? ニナちゃん、頑張ってね」
「よーし! 交渉事ならお任せあれ!」
少女が胸を張ったときである。ズズズ……と鈍重な響きと共に部屋の扉が開いた。最後の仲間かと満面の笑顔で振り向いた三人は、そこに凍りつく光景を見た。
いつもはきっちり束ねられた髪を振り乱した妙齢の女性。頭部の両脇には布で縛り付けられた二本のロウソク、半分ほど溶けて流れたロウが乱れた髪に絡みついている。
落ち窪んだ瞳が理知的な眼鏡の奥でぎらぎらと光り、半ば開かれた唇が何事かをブツブツと呟いていて、それは正しく伝承に聞く呪いの儀式に挑む鬼女といった有り様だった。
「エ、ミリア……さん……?」
乙女たちが震え声になったのも無理からぬことだろう。それほどまでに仲間の様相は常軌を逸していた。
「こ、ないの……」
虚ろな声が低く呻く。聞き取れず、恐々と近寄った三人は今度は少し大きくなった声音に心底慄然とした。
「降りて……こないの、エロ神様が……」
言うなり、エミリアはばったりとその場に倒れ伏した。片手に握った白紙の紙面を取り上げ、ニナが呆然とする。
「げ、原稿は?」
怯えながらも一同の管理者としてのつとめは忘れない。必死に搾り出した問い掛けに地を這う唸りが答えた。
「駄目……だってエロ神様が何処にもいないんですもの……」
譫言のように繰り返し、おもむろにエミリアはしくしくと泣き始めた。ロウソクによってか、やや焦げた頭髪が痛ましくも恐ろしい。
三人は唖然として顔を見合わせていたが、やがて気を取り直したようにリィナが彼女を抱き起こした。
「しっかりして、エミリアさん……いったい何があったの?」
「だから駄目なの、今回ばかりはお手上げよ〜〜」
「要するに、終わってないんですね?」
残酷にも鋭く指摘したニナを、横からアイリが慌てて止める。
「ま、まあまあ……一応話を聞いてみないと……」
ね、と優しく肩を揺らされたエミリアは、その場にへたり込んだ状態のまま、ポツポツと苦難の数日を語り出したのであった。

 

 

 

『今回はマチルダ・サークル年末スペシャルとして、エロ本を刊行致します!』
数週間前のリーダーの宣言時、最も前途に悲観的だったのは小説担当エミリアである。
もともと煩悩は人並み以上、男性の二人連れを見れば心中にて無条件に受け・攻めいずれかの称号を与え、ついでにあらぬ痴態まで想像してしまうオマケつき。
だからこの新同盟軍に参加出来たことは彼女にとって最高の幸福でもあった。
何しろ戦う男たち──女性も多いが──の集団である。こうした環境にはとかく熱い友情が育ち易い。勝ったといっては歓喜の抱擁、無事だったといっては涙に暮れる男たちの光景。煩悩の種子に養分が注がれるばかりだった。
それが花開いたのはマチルダの二人の騎士団長の参戦によるものが大きかっただろう。
ただでさえ邪心をそそられる整った容貌である上に、何処でも構わず二人だけの世界を築くサービス精神、見詰め合う眼差しに友愛を超越した熱情を見い出すなど造作ないことだった。
ひっそりと部屋に籠もっては誰にも見せるあてもない邪な話を綴り続け、やがてニナに誘われて参加した集いこそ、彼女の至福の境地であった。自分の作品はともかく、リィナやアイリのマンガが読める。しかも印刷物として発行したことで読み手──大半が男というのは意外だったが──との交流も楽しめるようになった。
まさに煩悩の喜びを謳歌するエミリアの唯一の弱点、それが今回ニナに求められたテーマなのである。
はっきり言ってエロは好きだ。大好きである。三度の食事よりも胸が踊る。
しかし、自分が書くとなれば別であった。
普段エミリアの書く話にはあまり本番シーンがない。これには理由がある。
重要なのは話の流れであって、無理に本番シーンを挿入する必要はない───というのが表向きの理由、実際の理由は単に書けないだけである。
これは当初からエミリアの作品における最重要改善点であるのだが、青騎士団長がどういう訳だか情けない。何処がどうと挙げればキリがなく、とにかく情けないのである。
彼女とて、強く雄々しく逞しく、房事においては一晩中赤騎士団長をよがり泣かせるような青騎士団長を理想としているつもりだ。最初に二人の騎士団長を見たとき、『夫にするならこっち』と一票投じたのは青騎士団長の方なのである。
融通はきかなさそうだが、真面目で誠実、浮気のひとつもしそうにない無器用さ。清く正しく美しく、正に理想の夫像が服を着て歩いているようなものだった。
ここで終わればエミリアも城の多くの夢見がちな乙女の一人なのだが、彼女は理想の男が自らに微笑みかけてくれるよりも傍らの親友とねんごろになってくれる方が百万倍も嬉しい種族である。
斯くて、平均点は行っているだろう容姿にもかかわらず三十路にあと僅かという現在まで男っ気皆無のエミリアなのかもしれない。
ともかく、そうして目をつけた男が己の作品の中で何ゆえに情けない男になってしまうのか、それは未だに謎だった。
仲間たちは『大丈夫、決めるところは決めている』と慰めてくれるが、すると決まらないところはとことん決まっていないということであろう。
そうして情けなさが最も際立つ場面、それこそが夜の営みシーンなのである。
暴発はもはや当たり前、書いている本人でさえ『うわ、これは下手そう……』と思うのだから、下敷きになっている赤騎士団長が気の毒というものだ。
折角必死にシリアスを通してきたのに、流れが崩れるどころか一気にお笑い路線へと突入しかねない。次第に諦めの境地に達し、エミリアはその手のシーンを曖昧にぼかすことを覚えた。
そんな彼女にとってニナのエロ本発行宣言は愕然とするものであったが、新刊発行の打ち上げでほろ酔い気分だったこともあり、『いいわねー、景気良く犯っちゃいましょう〜』などと口を滑らせた。言ったそばから後悔したが、後の祭りだ。それからというもの、ひたすら苦しむ毎日が始まったという訳だった。

 

 

「そ、そうだったの……」
「で、何でロウソクなの?」
ひとしきり涙に暮れた仲間の背を擦りながら乙女たちが問う。溶けて髪にへばりついたロウは容易なことでは剥がせない。
「交霊の儀式みたいなものよ……とにかくエロ神様に降りてきてもらわないことには一行も進まないし」
「でも火傷でもしたら……危ないよ」
「ええ、熱かったから途中で消したわ」
神仏にまで頼るところまで追い詰められた心境を察し、一同は顔を見合わせる。
「ね、お話は決まっているんでしょう? 肝心なシーンは皆で意見を出し合いますから……」
リィナが言うと、エミリアは悲しげに首を振った。
「駄目……それがもう、エロというだけで話の切れ端も思い浮かばないの……」
「うーん、これは末期的ですねー」
腕を組んだニナがふと思いついたように顔を輝かせた。
「もう話なんてナシにして、その場面だけ延々ってのはどうですか? エロ本だし」
「……いきなり始まっていきなり終わるの?」
「正しく『やおい』ね……」
「っていうより、エミリアさんの書くマイクロトフさんみたいじゃない?」
けらけらと笑ったアイリだったが、途端に周囲に広がる薄ら寒い空気にびくりと戦いた。
「ご、ごめん……失言でした」
「問題はネタね、それがあれば皆で協力することも出来るわ」
妹の失態を庇うように言ってリィナは深々と考え込んだ。
「とは言っても、これからネタを考えるのってキツイよね……」
先程の反省からか、アイリの表情も真剣である。エミリアが悄然と項垂れた。
「やっぱり無理よ、わたしにエロの壁は大き過ぎるわ。ニナちゃん、今度の本はリィナさんの個人誌ということで……駄目?」
「駄目です」
縋るような上目遣いの懇願もユニットの支配者には効果がなかった。芸人姉妹は思わず『矜持を捨てて懇願する受けを冷たく見下ろす非情な攻め』を連想して密かにほくそ笑んでしまう。
「駄目に決まってるでしょう! 前回ペーパーの発行予定にきっちり書いちゃったんですからね! エロ本ということで予約まで入っちゃってるし」
部屋の隅に積まれた大箱を指して、鼻息も荒く言い放つ。
「第一、エミリアさんは『やる』と言ったんですからね、忘れたとは言わせませんよ」
「そ、それは……」
「忘れたならば身体に訊いてもいいんだぞ、カミュー……」
日頃の癖で、ついつい某青騎士団長になりきった呟きを洩らしてしまうアイリである。軽く窘めながら姉の口元も妖しげに笑んでいた。
「お願い、許して……わたしには出来ない」
エミリアが搾り出せば、すかさずアイリは後を続ける。
「出来ない? 出来ない筈はなかろう、おまえだってもうこんなに…………」
「あ、あら。何だかお話が出来そうじゃない?」
リィナの言葉に一斉に視線を注がれて、アイリは慌てて両手を振った。
「あたい、こういうのは大好きだから幾らでも出るけど……肝心な前後が浮かばないもん」
「駄目ね、それじゃ……やっぱりやおいになってしまうわ」
エミリアは再び慟哭の呻きを洩らした。
「何故なの? どうしてわたしのところにはエロ神様が降りていらっしゃらないの〜〜」
悲痛な叫びとは裏腹に、片手でリィナの原稿を掴み、食い入るような視線を注いでいるあたりは欲望に忠実である。ざっと目を通した上で悄然と項垂れる。
「いい……素敵だわ……これぞ、エロよ。カミューさんの息遣いまで聞こえてきそう」
「でしょう! 負けちゃ駄目ですよ、エミリアさん」
明後日の方向から飛ぶニナの声援も、だが今の彼女には虚しいばかりだった。
「何て萌える体位かしら……わたしが書くマイクロトフさんなら、ここに至る前に三度はイッてるわ……」
「だから、それが駄目なんですよ!」
両手を腰に当てて仁王立ちになった一味のリーダーは頑強に説き始めた。
「エミリアさん、自分の芸風を決めすぎ! だから現実化しちゃうんですよ。マイクロトフさんは上手い、そう思い込んで書いたらどうですか」
「思ってるわ、思っているわよ〜〜」
よよと泣き崩れた拍子に頭部に括り付けたロウソクが転げ落ちる。
「流離の遊び人、夜の帝王、寝室の暴れん坊ってくらいに妄想しながら書いてアレなのよ〜」
「そ、そりゃ別の意味で凄いよ、エミリアさん……」
アイリがやや後退りながら身震いした。
「とにかく……今はお話を考える方が先じゃないかしら? この際、どんなお話でもラブシーンさえ入れば何とかなるわ」
ひとり誠実に解決策を述べるリィナにエミリアが涙を拭いた。憮然とした表情から『もう初期段階で挫折なの、許して』といった心情が明らかである。
「ね、ストックしているネタはないの? 没ネタでもいいからさ」
アイリの言葉にエミリアは毅然と言い放った。
「ないわ。自慢じゃないけど、溜めたり捨てたりするほどネタが出たことなんてないもの」
「そ、そう……」
あまりにきっぱりとした宣言に芸人姉妹も沈黙する。そんな陰欝な空気を一閃したのが、ニナの高笑いだった。
「任せて! こんなこともあろうかと対策は十分用意しておきましたよ! 転ばぬ先の杖、石橋を叩いている間に泳いで横を渡る、それが我がマチルダ・サークルを束ねるわたしのつとめ!」
おお、と思わず一同が顔を上げ、それから一様に疑わしげになる。勢いと気合いは認めるが、未だ嘗てニナの宣言が執筆面子に優しかったことがないからだ。
「何か……ネタがあるのかよ、ニナ」
恐る恐るといった口調でアイリが問うと、彼女は誇らしげに胸を張る。ポケットから取り出したのは一通の封書であった。
「何、それ?」
「一昨日いただいた、定期購読会員ナンバー39号・赤騎士団所属騎士Sさんからの投書です! ネタになるんじゃないかと思って選り分けておいたの」
どれどれと乙女たちは膝で躙り寄り、拝聴の姿勢を取る。勿体振った素振りで焦らしながらニナはコホンと咳払いした。
「じゃ、読みますね。『マチルダ・サークルの皆様、こんにちは。毎回の配本を心の支えに日々のつとめに勤しんでいます』」
「ありがたいお言葉ねえ……」
「『先日のペーパーで両騎士団長に関する噂話募集とありましたが、昨日ぼくは凄い体験をしました。どうか聞いてください』」
「ああっ、呼び掛けは無駄じゃなかったんだね!」
「『一日のつとめを終えて兵舎に戻ろうとしていたところ、憧れのカミュー様とマイクロトフ団長が並んで前方を歩いておられたのです。そこで洩れ聞こえてきた会話なのですが……以下、衝撃です。ぼくはもう、その場で踊ってしまいそうになりました』」
「Sさんの踊りはどうでもいいから、早く先を……」
「『以下、お二人の会話です。分かり易いように色分けしますね』」
「こ、細かい……」
そこでニナは再び焦らすかのように一同を見回した。
「じゃあ、本筋に行きますね!

『昨夜は悪かった、カミュー……泣かせるつもりはなかったのだが……』
『ひどいよ、おまえは……駄目だと途中で何度も言ったのに……』
『やめようとは思ったが、泣き顔が可愛くて、な』
『悪趣味だよ、マイクロトフ。まさかわたしが泣くのが見たくてわざと……ではないだろうね?』
『邪推し過ぎだ。では、今宵は別のを試してみよう』

『如何ですかっ? この会話の妖しさ! これはやはり、夜のアレですよね? 余裕たっぷりのマイクロトフ団長に夜な夜な泣かされる麗しのカミュー様……どうか是非、次なる作品の参考になさって下さい!!』……以上、赤騎士Sさんの報告でした〜」

 

 

 

 

室内に沈黙が降りた。
図らずも一同の視線は俯いたエミリアに集中する。やがて彼女の肩がふるふると震え始めた。
「……何? 何なの、この胸のときめきは……」
搾り出すような低い声が次第に歓喜を孕む。
「泣かせた? ひどい? 別のを試す? 何それ、鬼畜攻めっっ?!」
そうしてぱっと上げた顔には輝くような悦びが溢れている。
「実はマイクロトフさん、余裕攻め?! ひどいことされてもカミューさん、言いなり? 夜毎いたぶられても許してる? 愛ゆえに耐える受け? いやっ、萌え!!」
何やら異様な興奮に包まれるエミリアに、芸人姉妹がすかさず左右から声援を送る。
「愛するがために鬼畜行為にも甘んじるカミューさん……今までエミリアさんが書いたことのない路線じゃないかしら?」
「それでそれで? それでどうなるの?」
「告白はカミューさんから……で、マイクロトフさんが興味でその気になる、と……」
「最初は身体だけなのね」
「好かれてるのをいいことに、マイクロトフさんったらひどいことしちゃうんだね!」
「カミューさんはそれでも構わないくらい好きで、でも抱き合った後に切なくて泣いちゃったり」
「くうっ、純愛!」
「最後はやっぱりハッピーエンドね、『今まで泣かせた分まで微笑ませてみせるぞ、カミュー』」
「いける、いけるわエミリアさん!」
仲間たちの拳に囲まれ、エミリアはロウのついた髪を揺らしながら立ち上がった。
「やるわ! 最後まで諦めない……それがわたしの同人女の誇り!」
「きゃあっ、素敵!」
「エミリアさん、男前〜!」
「待っていて、ニナちゃん。第二次締切には間に合わせてみせるわ……! あ、でもエロシーンで詰まったら助けてね、みんな」
「勿論ですよ、仲間じゃないですか。頑張って、エミリアさん!」
血気盛んな何処ぞの騎士団長の如く勇んで出ていくエミリアを手を振って見送った後、姉妹はどちらからともなく囁き合っていた。
「───んな訳ないじゃない」
「そうね、だいたいこういう盗み聞きにはオチがあるものね……」
「昼寝しすぎて夜眠れなくなったカミューさんにマイクロトフさんが絵本を読んでいるとかさ。で、好みに合わない本だったとか……」
「泣けるほど悲しい童話だったとかね」
けれどニナはちちち、と指を振って二人を一蹴する。
「いいのいいの、真相はどうだって……要はエミリアさんが萌えられるかどうかだもの、これで勢いがつけばエミリアさんはマイクロトフさん並みの馬力で原稿を仕上げますからね、ペーパー代タダも夢じゃないですよ〜」
「あ、あら……幾らなんでも無理じゃない?」
「いいえ」
そこでユニットの支配者は悠然と微笑んだ。
「何しろテーマがエロですからね。念のため、最終締切を実際より二週間ほど早く設定しておきました。エミリアさんが第二次締切で仕上げてくれれば、十分値引き交渉の余地はあります」
「……………………」
「……………………」
姉妹たちはがっくりと肩を落として顔を見合わせた。
やはり支配者は最強である。楽しいことは楽しいが、ニナの思い通りに動かされている己の身をほんの僅かに痛ましく思う瞬間であった。

 

 

 

 

 

さて。
その夜の赤騎士団長の自室。
「マイクロトフ……わたしはこういうのは……」
「慣れれば悦くなる」
断固とした男の口調に嘆息した青年は、渋々といった表情で抗いを止めた。男はそんな彼の目許をゆっくりと布で覆う。
「視覚が奪われると感覚は鋭敏になるからな」
「でも……怖いよ……」
「大丈夫だ、……ひどいことはしないから」
優しく囁いてしなやかな裸体を引き寄せる青騎士団長。余裕たっぷりに愛技を施す男に、目隠しされた赤騎士団長は必死に縋り付いて切ない喘ぎを立て続けに零し始めた。
闇の中で展開されているのは、乙女たちが流血沙汰の歓喜に酔い痴れそうな隠微な営み。
───意外なところで男と女の真実はすれ違うこともあるのである。

 


何も語ることはございませんです、ハイ。

 

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