瞳の中の笑顔


昇華の刹那を越え、呼気も荒く想い人に被さったまま四肢を震わせる。
背に浮いた灼熱の汗をゆるりと辿ったしなやかな指先が脾腹を掠めるなり、納まりかけた疼きが駆け抜けた。僅かに身じろいで矛先を逸らすと、含み笑いが耳朶を包み、次には深々と洩れた吐息が忍び込んだ。
愛する人は、体内に神秘の炎を宿している。その所為か、普段からやや高めの体温であるけれど、こうして肌身を重ねるときには更にいっそうの熱を帯びるのだ。
白い肌が欲情に仄紅く染まる頃には、触れ合ったところから熱に溶け出して、輪郭すら失うかの如き惑乱に掻き乱される。その愉悦こそがマイクロトフを鼓舞し、導き、高めていくのである。
次第に平静を取り戻していく息遣いの中で、彼はカミューの髪を優しく弄んだ。情熱によって湿った薄茶の髪が指に絡む心地を暫し楽しみ、それから身を起こして温かな息を零し続ける唇をそっと塞ぐ。
慈しみを込めて見下ろしていると、カミューが微かに唇を綻ばせた。眉を寄せ、まじまじと見入りながら問い掛ける。
「どうかしたか?」
いや、と弱く首を振り、彼は再び瞳を合わせてきた。
「───わたしが居る」
「え?」
「……おまえの瞳に」

 

言われて、成程と思った。
カミューの琥珀色の瞳にも自分が映っている。あまりにも小さな像ではあるが、かろうじて目鼻立ちは判別可能だ。

 

「不思議だと思わないか、マイクロトフ?」
「何がだ?」
「鏡や硝子、あるいは水に映った自分を見ることはあるけれど……、それ以外で目にするなど、滅多にないことじゃないか」

 

マイクロトフは考え込んだ。熟考の後、生真面目に同意の首肯を与えると、カミューは満足げに続けた。

 

「それも、他人の眼の中に居る自分だよ? これはある意味、恐ろしくも感動的な光景だと思うね」

 

甘い余韻を噛み締める間もなく振られた議案に苦笑したマイクロトフだが、そのまま静かに体躯をずらしてカミューの横に滑り落ち、続きを促して見詰め続けた。

 

「感動的、というのはどうしてか分かるかい?」
「それほどまでに傍近く寄っている、……からか?」
正解、と破顔した彼は絡めた指先に褒美めいたくちづけを落とす。
「では、次だ。何故、恐ろしく感じると思う……?」

 

これはマイクロトフにとって難問であった。かなり長いこと思案した上で首を振ると、カミューは瞳を覗き込みながら囁いた。

 

「他者の瞳に映る己の姿を見定められるほど間近に寄る、それは相手を問わず出来ることではないよ。間合いと言うものは剣士にとって命を左右する重大な距離だ。それを明け渡すのだから、些かの恐れを覚えるね」
それを聞いてマイクロトフは脱力した。眉を寄せ、努めて厳しい顔を繕いながら重く言う。
「おまえは……おれと抱き合っている間、そんなことを考えているのか?」
「別に最中に考えた訳じゃないよ、今さっき思ったんだ」
「第一、『間合い』だと? どういう理屈だ、それは……」
「剣で生きるものの理屈さ」
平然と言い放ったカミューは、やや揶揄混じりの視線でマイクロトフを窺った
「それに……肌を合わせる行為は、一種の戦いみたいなものだろう?」

 

愛し合うものとの束の間の攻防。
奪い、奪われて熱に沈む。
息を乱し、思考も覚束ぬ忘我に漂い、ただ本能の命ずるまま相手を喰らい尽くすまで走り続ける。
互いを征服して至福に満ち、やがて泥土の如く重い四肢を投げ出すまで───

 

「……成程」
感嘆気味に頷いて、マイクロトフは口元を緩めた。
「つまり、此度の戦いではおれが敗北したということだな? おまえは理屈を捏ね回すだけの余力を残している、と」
不敵な響きにカミューは吹き出した。
「どうしてそういうことになるかな……」
再戦の口実を得たとばかりに重なろうとする男に、それでも甘やかに腕を回すカミューは、改めて正面で交わった眼を細める。
「……笑っている」
小さく呟く唇が、穏やかな熱に閉ざされた。

 

言葉こそ途切れたけれど、マイクロトフには分かるような気がした。
琥珀の瞳に映る自身は笑っていた。己の黒い瞳に映し出されるカミューもまた、同様に笑んでいるのだ。
少なくとも彼が自身を見出すときはいつでも、微笑みが見返しているのだ、と。

 


ピロートークを書きたかっただけ〜。
我が家では
あまりにも青赤っぽい(←)話が
欠乏しているので。

 

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