青騎士Eの素敵な災難


輝くような朝日の到来。
青騎士エトーは寝不足で半開きの目を擦りつつ、無事なる任務の終了に一息ついた。
彼は16歳、昨年正式に騎士の叙位を受けたばかり。配属された騎士団長の生真面目さ、誠実さに惚れ込んでいる熱血青少年であった。周囲の情勢に殊更疎く、どこか外しているあたり、非常に団長に似通った少年と言っていい。
青騎士団長がマチルダを出ると聞いて即座に従ったのは、ゴルドーに不満があったというよりは、憧れの団長に何処までもついていきたいというケナゲな根性からである。
さて、彼は昨夜同盟軍に参加して初めての夜勤の任務に就いた。何といっても経験の浅い少年騎士だ。眠い目を必死に抉じ開けながらの張り番を終えたエトーはすでにふらふらだった。
先輩騎士たちはそのまま青騎士団恒例である早朝訓練に赴くわけだが、さすがに年少者にそれは酷だろうと、彼は午前の休暇を許された。
なかなか一人前になれない自分が口惜しいが、このまま訓練に参加すれば、ひっくり返って迷惑を掛けるのは確実だ────エトーは不承不承先輩の配慮に従うことにした。
さて、ここで真っ直ぐ与えられた兵舎に戻れば良かったのだが、そこは子供と言っていいお年頃、折角与えられた時間を無為に過ごすのが惜しくなり、彼は本拠地内の探検を試みることにしたのである。
とは言え、探検の目的地は限定されていた。彼の尊崇する騎士団長らが居住する西棟だ。
何しろマチルダから離反した騎士団員たちは、十把一絡げで大部屋に押し込まれ、運が悪いと朝は三段重ねで目覚めるような待遇なのである。
さすがにそこまでは酷くないだろうが、以前団長の部屋を訪ねた仲間が、『あれはヒドイ』と憤慨していたのを思い出したのだ。
ここへ来た当初、彼らの大切な二人の団長には部屋が一つしか与えられなかった。これだけでも騎士団員たちには紛糾ものなのに、貧乏臭いことにベッドまでひとつしかなかったのだ。
エトーは純粋に『あのマイクロトフ団長とカミュー団長じゃ、幾らなんでも狭過ぎるよ』と気の毒に思ったのだが、仲間たちはそうは思わなかったらしい。
『あれはお二人のことを見破った軍師殿の陰謀だ』だの『また赤騎士連中が火を吹いて騒ぐだろう』だの、エトーには理解不能の指摘をしていた。
先頃ようやく本拠地が増築されて、団長たちは個室を与えられるようになったのだが、それでもかつてロックアックス城で設えられていた部屋に比べたら、『犬小屋よりも狭くて粗末』との評価が高かった。
エトーはそれほど周囲が問題視している部屋を、ほんの少しだけ覗いてみたかったのだ。この時間なら、青騎士団長は張り切って早朝訓練に勤しんでいる。その間にこっそり覗くくらいならいいだろう────少年らしい出来心であった。

さて。
エトーが目的の階に辿り着いた時、丁度そこを警備していた騎士たちが任務明けで引き上げるところだった。青騎士は自団の後輩に軽く微笑み掛けてくれたが、赤騎士たちは真一文字に唇を結び、不機嫌そのものの顔をしている。聞くでもなく、彼らの会話が聞こえてきた。

 

「────おれは……おれはもう我慢できない!」
「言うな。これも我らのつとめ……耐えるんだ!!」
「そうは言っても……おれは……おれは〜〜!!!」
「落ち着け! 気持ちは同じだ、おれだってつらい……つらいが……」
「カミュー様の夜を護るため、これは必要なつとめなのだ!!」
「────今度、耳栓を支給していただけるよう、副長に進言してみようか」
「耳栓などしていたら、有事のときに役立てないではないか〜!」
「…………ガンテツ殿に『経』というものを教えていただくのはどうだ? あれは集中出来るらしいぞ」
「くそうっ、これも我らの修練が足らんのか〜〜〜」

 

意味が皆目わからないが、とにかく大変困っているらしい。
エトーは互いを宥め合いながら兵舎に引き上げていく赤騎士たちを見送り、首を傾げた。
────ここの夜勤はそんなに大変なのだろうか?
だが、青騎士たちはそれほど疲労しているようには見えなかった。
ただでさえ寝不足気味の頭は働かない。もともと呑気な気質でもあるエトーは、さっさと疑問を放り出すことにした。
目標の扉を発見するなり、眉が寄る。何とも無用心なことに、僅かに扉が開いているのだ。
これはおそらく敬愛する青騎士団長が訓練に飛び出していくとき、相当な勢いで閉めたために反動で開いてしまったのだろう。ちゃちな造りの建物にはよくあることだ。ロックアックス城と同じ感覚でやったことでも、この本拠地では弊害が出るらしい。
だが、これで万一発見されたときの言い訳が出来た。『扉が開いていたので、賊が侵入したのかと確認していた』、これでいける。
────我欲のためなら、かなり策士になれる一面を持ったエトーであった。
彼は周囲に気を配りながら、青騎士団長の部屋を覗き見た。
噂に違わず、質素倹約を実行した室内だ。彼はロックアックス城の団長室に入ったことはなかったが、確かに城にあった犬小屋には似ている気がする。
部屋の真ん中に無造作に脱ぎ捨ててある夜着を見て、思わずふらふらと室内に入り込んでいた。
丸まった夜着を取り上げて、溜め息を吐く。
(マイクロトフ団長のお寝間着だ……流石に大きいなあ……)
……あくまで、憧れである。危ない趣味ではない。
彼は丁寧にそれを畳み、それからふと怪訝に思った。
(────何で下だけしかないんだろう??)
まあ、相手はあのマイクロトフだ。上着は何処かに吹っ飛んでいるのかもしれない────そう考えながら室内を見回して────固まった。
部屋の隅に置かれたベッドに人がいる。
こんもりと盛り上がった上掛け、よくよく耳を澄ませると聞こえてくる寝息。エトーは硬直したまま幾度も瞬いた。
(な、何で……?? マイクロトフ団長は早朝訓練に赴かれていらっしゃるはず────)
そこで健全な青少年は真っ赤に染まった。
(と、と、と……いうことは────マイクロトフ団長の……『いい人』かーーー!!!)
思いがけない秘密に遭遇して、エトーは狂喜した。
マイクロトフは常日頃色恋とは無縁の堅物と評されている男。
だが、ちゃんとこうして戦いの合い間に『いい人』をベッドに招待するくらいの甲斐性を持っているではないか。ひたすら崇拝する男の意外な一面に、少年騎士は心を躍らせた。
(い、いけない……早く出なきゃ。マイクロトフ団長に申し訳ない!)
抜き足差し足で後退を始めたときだった。
────盛り上がったベッドの人物が、何とも悩ましい声を発したのは。
「────……ん……ああ────」
(はっっっ!!!)
起こしてしまったのかとエトーは凍りついた。この場面で事後の乙女と遭遇したら、どうやって対処すればいいのか。
『おはようございます』では変だし、悲鳴でも上げられたら────マイクロトフに無用な誤解を与えてしまう。
(お願いします、起きないでくださ〜〜〜い!!!)
心の叫びが通じたのか、ベッド上の人物は寝返りを打っただけだった。その拍子に上掛けがずれ、白い脚が出現した。
(け……結構……、大胆な寝相でいらっしゃいますね……)
思わず両手で顔を覆い、指の隙間から見てしまう。現れた脚はすんなりと伸びやかだったが、女性にしては引き締まった筋肉であった。
(ま────まあ、あのマイクロトフ団長の『いい人』だもの、ちょっとくらい筋肉がついてたって、足のサイズが大きくたって……)
「う……────ん…………」
再びゴロンと寝返りを打った人物を見た途端、エトーの心臓は停止しそうになった。
淡い栗色の髪、端正な面差し。
陽だまりの猫のように四肢を伸ばして唸っているのは……

(カ、カ、カ────カミュー団長?!?!?!?!)

────なのである。
しかも、今度の寝返りはさっきの3倍は大胆だった。上掛けを跳ね飛ばさない勢いであったため、見事な足が綺麗に露出してしまっている。
しかも、エトーには彼の着ている夜着に見覚えが有った。先程畳んだ大きな下衣────まさにそれと対になる柄ではないか。
(マイクロトフ団長……カミュー団長……まさか、そんな────)
少年騎士はよろよろとよろめいた。そして、次の瞬間彼は義憤に駆られて心で叫んでいた。
(な、な、何と言てことだ!! こんなことが許されていいものか! よりによって、マイクロトフ団長とカミュー団長が……)
沸き上がる怒りで目頭が熱くなる。

 

 

 

(お寝間着まで分け合っておられるなんて! 貧乏臭いにも程がある!!)

 

 

 

寝不足の目と朝陽に、眩しく光る赤騎士団長のすらりとした脚。その内股に、赤い鬱血が幾つも散らばっているのにも気づいた。
(────おいたわしい……狭い上に虫まで入ってくるのか、この部屋は……)
青騎士エトー16歳、まだ汚れなき純情を保持する貴重な騎士。ひとしきり涙したあたりで、ようやく彼は我に返った。
(はて。何故にカミュー団長はこの部屋に……?? やっと部屋も分かれたというのに────)
その場で腕を組んで考え込む。
(……そうか、きっと昨夜遅くまで同盟軍の行く末について論じ合っておられたのに違いない。それで戻るのが面倒で……うん、成る程)
ポンと掌を打った。
だが、この狭っ苦しいベッドに大の男が二人寝るよりも、無理してでも自室に戻るのが自然ではないか? ましてカミューの部屋は隣なのだ。
彼は再び思案に暮れる。
(ううん……わからないなあ……それに────いいのかな、お起こししなくて……もうこんな時間なのに……)
早朝訓練の盛んな青騎士団に比べ、赤騎士団の朝は平和だ。
噂でカミューが朝に弱いとは聞いているが、ちょっぴり赤騎士団が羨ましかったこともあるエトーである。
代わりに赤騎士団では夜間訓練は頻繁に行われるらしい。ロックアックス時代には白騎士から『鶏集団』『フクロウ集団』などと言われていたっけ────などと回顧に浸っていたエトーだったが。

 

「ん…………もう……駄目だ……」
不意に間近で上がった声に飛び上がった。
「だ、だ、駄目とは何がでしょうっ?!」
我知らず応対してしまう。
「────無理だ…………」
「む……無理……??」
(ああ、起きるのがおつらくていらっしゃるんだな)
「そうは仰っても、そろそろ……カミュー団長?」
「……頼む……から……」
「……た、た、頼まれても……困ります。そんな────」
「────駄目だよ、マイクロトフ…………」
「?? マイクロトフ団長が駄目なのでありますか?!」
首を傾げながらおずおずとベッドに歩み寄るエトー。どうも視線が露に伸びている脚に向かってしまう。
「駄目などと……仰らないでください。我が団長は……」
「────嫌だよ…………」
「い、嫌って…………そこまで駄目なのでしょうか、マイクロトフ団長は?」
そこでようやくぼんやりしたカミューの視線がエトーを捉えた。初めて間近に見る赤騎士団長の瞳の美しさに、少年は息を飲んで立ち竦んだ。
「……? マイクロトフ…………おまえ……、随分縮んだな……」
「は? い、いえ……おれは……あの────」
カミューは尺取虫のようにベッドを這うと、やっとのことで半身を起こす。だが、すぐにへなへなと崩れ落ち、再びもがくように肘で身体を支えた。
「…………腰が痛い〜〜」
(お、お若いのに腰痛持ちでいらっしゃるのだろうか…………おいたわしい…………)
「だるい……眠い〜〜〜……おまえの所為だ……」
(おれの?! 無理矢理お起こししたのがいけなかったのか?! こ、これはひょっとして……懲罰に値する、とか?!)
青褪めたエトーだったが、寝惚けているカミューが自分をマイクロトフと間違えているらしいことを思い出し、少しだけ安堵した。
「えーと……カミュー団長、何だかよくわからないんですが、そろそろお目覚めになられた方が良いかと……」
「ん…………」
寝乱れた柔らかな髪をかしかしと掻き上げ、カミューはひとつ欠伸をした。思いがけない赤騎士団長の幼げな様子に微笑んだのも束の間、エトーは自分の方に伸ばされた腕にぎくりとする。カミューは両腕でエトーの腰にへばりつき、ずるずるとベッドから抜け出そうとしているのであった。
「う〜〜〜……手を貸せ、マイクロトフ…………」
「は、はい!(マイクロトフ団長じゃないけど)」
エトーは必死に赤騎士団長の脇に手を差し込み、立たせようと試みる。だが、細身ではあるものの上背の勝る相手を引き上げる作業は容易ではなかった。
「何をしているんだ〜〜〜いつものように、しっかり支えてくれ〜〜〜」
所属が違うため、日頃カミューの物言いをあまり聞いたことのないエトーだが、この妙に間延びした声にはどうも力が抜けてしまう。
「が、が、頑張ってはいるのですが…………」
ずるりとベッドから落ちた両足、夜着の上だけ着けた赤騎士団長。
────ただでさえ健全な若者には目の毒過ぎる。畏れ多いので何とか目線を外そうとしているため、いっそう力が入らない。
そのうちに、カミューと一緒にずり落ちてきた上掛けに足を取られ、エトーはよろめいた。
まずい、と思ったときには遅かった。彼は思い切り無防備に背中から床に倒れ込み、嫌と言うほど頭を打った。
忠誠と責任感、ほんのちょっぴりだけ紳士的な気分になって、抱き上げていたカミューを庇ったが、お陰様で二人分の体重をモロに受け、エトーの視界には火花が散った。
それだけの衝撃も、寝起きの悪い赤騎士団長には屁でもなかったらしい。一回り以上も年下の少年騎士を敷布団にして、彼はずるずると二度寝態勢に突入した。
朦朧とする意識の中、胸元に縋り付くようにして眠り込むカミューを一瞥し、エトーは大きな災難の中にある小さな幸せを噛み締めながらゆっくりと気絶していった。

 

 

 

 

早朝訓練を終えて意気揚揚と帰還を果たした青騎士団長が、床で重なっている部下と恋人(しかも恋人が上に乗っている)を見て、その場で四半時も固まっていたことを知るものはいない────

 


正直言って、これまでのキリリクの中で
一番難産でした……。
結構詳しく指令をいただいていたし、
これほど苦しむとは思ってなかったのですが。
今なら原因がわかります。
「青騎士」だったから〜〜(笑)
青騎士は赤騎士に比べて真面目(多少)と設定してるので、
思ったように動いてくれないんですねー。
そういう訳で、かなり駄目駄目になってしまいました。
待たせた挙げ句、すみません。
ちなみに青騎士エトー君の名は
指令者・られいじろ様から拝借。
せめてものサービス、サービス(苦笑)

 

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