Rebirth ──── SIDE A ────
その朝、目覚めたカミューは異変に気づいた。
宿屋の二階、壁際にあるもう一つのベッドで恋人ががっくりと肩を落としている。
このサウスウィンドウの街に同盟軍の物資調達にやってきて数日、昨日は珍しく風邪を引いて寝込んだマイクロトフだった。だが、心を込めてカミューが作った特性の病人粥と、持って生まれた頑丈な身体のお陰で、どうやら寝る前にはほとんど全快といっても良い状態であったのだ。
『明日はまた元気な声に起こされるな』と眠りについたのだが、意外にも恋人は彼が完全に覚醒するまで何の行動も起こそうとはしなかったのである。
「マイクロトフ?」
甘く呼び掛けた声に、やっと男が顔を上げる。その表情は今にも泣きそうな情けない歪み方をしていた。
「ど────どうしたんだい? まだ体調が戻らないのか?」
慌ててベッドから抜け出て恋人の前に寄った彼は、聞き取れないほど小さな声に首を傾げた。
「……………………駄目、なんだ………………」
「────何が? 熱が下がらないのか?」
いたわりを込めて伸ばした手を乱暴に払い除けられ、今度こそカミューは不安に襲われた。
「マイクロトフ……どうしたというんだ……」
知らず声が震えた。流石にそれには気づいたようで、マイクロトフははっとしたように顔を上げた。
「あ、す────すまない、つい………………」
顔色は普段と変わらない。体調も悪くはなさそうだ。
いつも通り────ただ、その表情が陰鬱であること以外は。
払い除けられたまま宙に浮いていた手を、マイクロトフはそっと握り締めてきた。その温かさに励まされ、カミューは再び口を開いた。
「どこか…………苦しいのか?」
すると男は唇を噛んで項垂れた。
「む────胸が」
「胸? ど、どうしたというんだろう……まさか、肺炎にでも……」
「そうではない」
マイクロトフは俯いたまま低くうめく。広く逞しい肩が微かに震えていた。
「おれは…………もう駄目だ────」
つらそうに幾度も首を振り、それからベッド脇に立ち尽くしていたカミューの腰にきつくしがみついてきた。
「マイクロトフ、いったい……」
「おれは……おれにはもう、おまえの『ただ一人の相手』としての資格がない……」
「────!」
語られた言葉に愕然としてよろめきそうになった。だが、洩れた一言とは裏腹に、腰に回された両腕には痛いほどの情が込められている。
「……言ってくれ、マイクロトフ。おまえはいつだってわたしを支えてきてくれたじゃないか。わたしだって同じだ、おまえが苦しむときには傍で支えたい」
「カミュー……」
彼を見上げた男の目は、捨てられる寸前の犬のようだ。────何があろうと離れるわけがないではないか。
強い決意を秘めてカミューはしっかりと頷いた。マイクロトフはしばらく躊躇していたが、やがて安堵の気配を見せ、ぽつぽつと口を開いた。
「おれは……今朝、いつものように気分良く目覚めることが出来た。これは…………おまえの献身的な看護と、あの粥のお陰だと感謝している」
相変わらず固っ苦しくて前置きが長いな、と思いつつカミューは辛抱強く耳を済ませる。
「だが────次におれは実に悲しいことに気づいた」
「悲しいこと?」
「おれは…………おれは…………」
マイクロトフは自制が切れたように激しく首を振った。
「おれは!! 勃たなかったんだ────!!!!」
「────は?」
聞き違いならいいな〜と思った心境がぽろりと洩れてしまった。間抜けた合の手に、マイクロトフはショックを受けたように目を見開く。
「お、驚かないのか?! カミュー!!!」
「えーと、えーと」
それはやっぱりあのあたりだろうな、『起き上がる』という『たつ』ではなさそうだな、と必死に折り合いをつけようとしたが、念のために訊いてみた。
「それは…………その、やはり…………朝の…………アレ、かい……?」
「そうだ!! 毎朝確実に訪れるアレだ!!」
────それも問題なんだが、とカミューは朦朧とする思考で考えた。
マイクロトフとベッドを共にするようになってから、それは幾度もカミューを呆然とさせた。夜中散々元気に励んでいながら、なおも朝方、臨戦状態になるマイクロトフの不必要に強い雄の本能。
訓練やら戦闘やらに追われる毎日でこれだけの活力を持つ男が、突然習慣を崩すというのは、確かに不安なことかもしれない。
だが、よくよく考えてみれば彼は(一応は)病み上がりなのであり、別に不思議はないような気もする。それを、この世の終わりとばかりに頭を抱えている姿は可笑しくもあり、またいじらしくもあった。
「バカだな…………」
「バカ?? 何処がだ、カミュー!!」
「よくあることだよ。それにおまえ、昨日は寝込んでいたんだぞ? そんなに気にするようなことでは…………」
「いいや、おまえこそ間違っている!!!」
妙に確信を込めてマイクロトフは遮った。そのぎらぎらと燃える目の迫力は、カミューをたじろがせるほどだった。
「おまえとこうなってから、おれは常にこの習慣を守ってきた!! 戦闘で瀕死になった翌日だろうと、だ! たかだか風邪ごときで消し飛ぶような日課ではない!!」
「そ────そうか、ありがとう…………」
はて、ここは謝辞を述べるところか?
すでに混乱が始まり、口走ってから首を傾げるカミューである。
「おまえにはわからないだろう。目覚めて────隣のベッドのおまえの寝姿を見て、それでいて『その気』になれなかったおれの惨めな気持ちなど……!」
「そ、そんな大袈裟な────」
「大袈裟っ? カミュー、これはおまえにとっても大きな問題なのだぞ!!」
「そ────そうなのかい?」
「考えてもみろ、カミュー」
マイクロトフは完全に据わってしまった目で彼を睨み付けた。
「おれが駄目だということは…………今後おれたちがひとつになるためには、おまえがおれを────しなければならないのだぞ!!!」────いつもだったら、『何もずっとそのままと決まったわけでもないよ』『そう心配しなくてもすぐに元に戻るよ』『別にしなくても、わたしたちの愛(笑)は変わらないよ』とか言えたろうに、今回ばかりは『自分がマイクロトフをしなければならない』というインパクトに負けた。
カミューは青褪めて頷いていた。
「わたしが悪かった、マイクロトフ!! 二人で解決策を見出そう!!」
「わかってくれたか、カミュー!!!」────ひし、と抱き合う恋人たち。
端で見ているものがいないだけが、僅かな救い────。
「どうやら、昨夜の薬湯がまずかったらしいな」
リサーチを終了して部屋に戻ったカミューは、ベッド上で彼の上着を抱き締めているマイクロトフに些か力が抜けた。
「…………それ、効き目があるのか?」
「いつもなら、おまえの匂いで即座に反応するんだが……」
「────動物じみているな」
溜め息混じりに呟いた彼に、マイクロトフは縋る眼差しを向けてくる。
「それで……薬湯というのは宿屋の主人がくれたあれか?」
親切な主人は客人が寝込んだと聞いて、薬湯を処方して差し入れてくれたのだ。心底苦い、とんでもない代物だったのだが、『口直し』と称して恋人の肌を舐めさせてもらったマイクロトフには、ありがたいばかりの薬湯だったのだが────「色々な薬草を入れたようだが、中に『ルー』というのが混じっていてな」
「……何だ、その楽しそうな名前のものは?」
「実に言いにくいことなんだが」
カミューはちらりと男を一瞥した。
「その────精力を減退させる効果のあるものだったらしい」
「な────何だと?!?!」
マイクロトフは驚愕して叫んだ。
「な……何故熱冷ましの薬湯にそのようなものが?」
「ちょっと目を離した隙に、子供が悪戯して入れてしまったんだ。効き目が持続するという訳でもないからあまり重大視していなかったみたいだが」
「おれには死活問題だ〜〜〜!!!」
子供の仕業と聞いては怒りを爆発させることも出来ず、マイクロトフは頭を掻き毟った。
「……ま、まあいいじゃないか。原因もわかったことだし、一過性のことだよ。気にするな、マイクロトフ」
「────そういう訳にはいかん」
「どうして?」
「明日には調達した物資の移送の為に部下たちがやって来る」
「ああ、それで……?」
「今日はおまえと二人で過ごせる最後の日!!なのだぞ! なのに、おれは、おれは〜〜〜」
放っておいたら号泣しそうな勢いに押されまくっていたカミューは、慌てて男の肩に触れた。
「お、落ち着け。別にそんなに拘らなくても────」
「拘る! 拘るぞ!! 折角の二人だけの時間だぞ!!!」
「────いや、遊びに来たわけではないのだし…………」
「本拠地の壁は薄いんだ。まして廊下には騎士連中がうろうろしているし。気兼ねなく思い切り愛を確かめ合う(笑)数少ない機会なのに〜〜〜!!」
「…………………………………………」
丸一日病に臥せっていた反動か、勇猛なる騎士団長からでかい駄々っ子になってしまった恋人に、カミューはすっかり脱力した。
だが、まあ────気持ちはわからないでもない。
正直自分もマイクロトフと二人だけの時間に心躍らせていたのは事実だ。
それに何より、自分が恋人には滅法弱いのも確かである。
「…………考えてみたんだが」
彼は躊躇しつつ切り出した。
「その…………そういう状態の男を『その気』にさせる手段がまったくないわけでは……────」
「本当かっっっ???」
マイクロトフは振り乱した髪に埋めていた手で、カミューの両腕を力任せに掴んだ。
「ど、どんな手段なんだ、カミュー! 早く、早く教えてくれ!!!」
「えーと……その…………ほら、その……口…………でする、……あれ」
「!!!!!!!!!」
実に歯切れの悪い言葉だったが、どうやら即座に理解したらしいマイクロトフは一気に紅潮した。
「し、ししししてくれるのかっっ? 嬉しいぞっ、カミュー!!!」
「………………────」『おまえがそんな無理する必要はない』的反応を予想していたカミューは、あまりに率直に感謝されて引けなくなった。一度だけ深い息を吐くと、窓辺に進んでカーテンを引き、戻りながら上着を滑り落としていく。
『どうして朝っぱらからこんな……』と一瞬だけ思ったが、目前の問題はさっさと片付けたいという意思が勝った。
『そういえば、通常時のマイクロトフを最後に見たのはいつだったかな』などと意識を逸らしながらベッドに座るマイクロトフの脚の間に跪き、相手の下衣を緩め、おずおずと彼自身を掌に納めようとして────「マイクロトフ」
惚けたように口走る。
しなやかな指が導き出したそれは、すでに立派に育っていた。
「お、おや?」
「────おや、ではないだろう?」
恋人の眼前で息衝いている欲望に、持ち主は歓喜の雄叫びを上げた。
「凄いぞ、カミュー!!!」
「…………いや、わたしはまだ何も…………」
「何を言う!! おまえがそんなことをしてくれようとしただけで……おれは、おれはっっっっ!!」
マイクロトフは拳を握り締めた。
「おれは!!! おまえの誠意と愛情に応えねばならんと心底思った!! それに身体が応えてくれたのだ!!! ああっっ、感謝するぞ、カミュー!」
「ああ────そう………………」何と恐るべき愛の力。
薬物に汚染されていても、主人の情熱に忠実に応じる肉体の神秘。
いったい、この覚悟を決めて跪いた自分はどうすればいいのだろうとぼんやり考えたとき、カミューはずるりとベッドに引き上げられた。
「そういう訳で、おまえのお陰で助かった! さあ、残り少ない貴重な時間を精一杯有意義に過ごそう!!!」
「────……そう、………………だ…………な…………」
嵐のような展開についていけないカミューは、そのまま暴風圏に引き摺り込まれ、散々な雨風に打たれてボロボロになって壊れた傘のようになるまでマイクロトフの情熱に付き合わされた。
翌日、部下の騎士たちが任務の為に合流したとき、美貌の赤騎士団長はよろよろの瀕死状態で、彼らの涙を誘ったという────
久々にバカ炸裂!って感じです。
バカには相乗効果があるようです(死)
ねみさんは、多分これでは満足どころか
気力喪失してしまいそうですね〜〜。
ま、不能ネタなどを求めた自業自得とでも
いいましょうかね〜〜(爆笑)
…………ごめんね、ねみさん。なお、『ルー』という楽しげなハーブの
資料提供は水無月なる様。
ありがとう、ひょんなところで役立ちました〜!