燃える青騎士団長


恋人との就寝前の一杯は、マイクロトフにとって実に幸福な習慣である。
特に戦時下でもない限り、この習慣は破られたことがない。
彼の最愛の赤騎士団長は滅法酒には強いので、滅多に酔うことはない。
けれど、ほのかに潤む眼差しや、常よりもいっそう柔らかく掠れる声、時折洩らす素直な心情はマイクロトフを忘我のひとときへと誘ってくれるのだ。
それは硬質な騎士の語らいに終わることもあったし、甘い肌の触れ合いに進展することもあった。
マイクロトフとしては普段よりも更に熱くなっているであろう肌を堪能したいのは山々なのだが、お世辞にも巧みとは言い難い房中術はカミューを困憊させるようなので、決死の自制が必要だ。
『昨夜したから、今日は無理だろうな〜』などと不埒なことを考えながら、彼はいそいそと恋人の自室を訪ねた。しかし、そこにカミューの姿はなく、やむなく来た道を引き返す。
カミューは執務に対して絶対的な完璧主義者だ。部下に任せても構わないことまで目を配らねば気がすまない。今夜もまた、そうした理由で残務に励んでいるのだろう。
執務室のドアを開けると、自分の机で書類の整理をしていた赤騎士団副長が迎えてきた。
「これはマイクロトフ様、如何なさいました?」
あてが外れたマイクロトフは、困惑しながら頭を掻いた。
「ええと……、カミューは……」
「ああ、入れ違いでございましたな」
副長はにっこり笑った。
「たった今、退出なさったところです」
「そうか…………」
ロックアックス城の廊下は複雑な入り混じり方をしている。従って、カミューの部屋からの経路は何通りかあるのだ。マイクロトフは最短距離を選んだのだが、どこかで行き違ったのだろう。
「……この時間まで執務なさっておられるのか?」
自分よりもはるかに年嵩の副長に敬意を込めて尋ねると、彼は穏やかに微笑んだ。
「カミュー様が執務なさっておられるというのに、どうしてわたしが先に休めましょう。それに、本来この仕事などは我らに押し付けてくださって構わない類のものなのです」
彼は手にした書類を軽く掲げてみせる。
「さすがにお疲れのご様子でしたので、退出をお勧め致しました」
「…………そうなのか」
義理堅く勤勉な人物だなあと感心しているマイクロトフは、副長の言外に秘められた『そういう訳だから、今夜はいけませんよ』 というメッセージにはとんと気がつかない。
適当に執務を振り分ければいいのに、くらいにしか受け止められないマイクロトフは、ある意味、とても幸せな男だった。
「では、部屋を訪ねてみる。副長殿も早く休まれた方がいい」
「…………ありがとうございます」
副長は『やっぱり通じてないな』 という表情を浮かべたが、それもマイクロトフには通じなかった。
扉を閉めるなり、すでに心はカミューのもとへとすっ飛んでいる。すれ違う騎士を跳ね飛ばす勢いで、彼はもと来た道をひたすら急いだ。
よく叱られるので、出来るだけそっとノックすると、中から慕わしい声が応じる。
「マイクロトフかい? 開いているよ」
彼の愛しい恋人は、ちょうど肩当てを取り去ったところだった。ほっそりした肩を隠す肩当てが取り払われると、途端に恋人は儚げな印象になる。マイクロトフはすぐにでも抱き締めたい衝動をこらえて、椅子に腰をおろした。
「……入れ違いに執務室に行ってしまった」
カミューは僅かに襟元をくつろげ、振り返って笑った。
「それはすまなかったな。もう休めと煩く言われて、渋々戻ってきたんだ」
「……働き過ぎじゃないか、カミュー?」
騎士団長はその団のシンボルである。雑務ならば幾らでも配下のものが引き受けよう。だからこそ事務処理の苦手なマイクロトフが青騎士団長でいられるのであり、カミューがしていることを求められたら一日で団長廃業になってしまう。
「そうかな」
カミューは小首を傾げてみせる。
「……こんなものじゃないか? まあ……おまえは別かもしれないけれど」
「どういう意味だ」
マイクロトフは憮然と遮った。
「副長殿が案じていたぞ。疲れているようだ、と」
すると彼は軽く肩を竦める。
「疲れているというか……肩が、な」
「肩?」
「一日中書類と睨み合っていただろう? 肩が凝って少しつらいかな、と……」
珍しく素直に愚痴を零した恋人に、マイクロトフは奮い立った。
「揉む」
「え?」
「おれが揉んでやろう、カミュー」
立ち上がるマイクロトフに、カミューは慌てて首を振った。
「い、いいよ。青騎士団の長たるおまえに、そんなことはさせられないよ」
「何を言う!」
マイクロトフは、普段は鈍い己の思考が急回転するのを感じていた。
ここで自分が何とかせねば、あの赤騎士団のことだ、『自分がカミュー様の御肩をお揉みします〜』と鼻の下を伸ばして言い出す輩がいるに違いない。
いや、絶対いる。彼らはそれこそカミューの観察日記をつけていそうだ。
『○月○日、カミュー様がおつらそうに首を回されておられた』 くらいのことは、すでに誰かが記載済みかもしれない。カミューのしなやかな身体に、たとえ忠義(かどうかも眉唾だが)の部下であろうと、一指たりとも触れて欲しくない。マイクロトフは実に素直な分かり易い男だった。
「揉む。何があろうと絶対に揉ませてもらうぞ、カミュー! それが我が騎士の誇り!!」
何が『騎士の誇り』なのかさっぱりわからないが、マチルダ騎士団ではこれを使えば大抵のことは許される。ずいと歩み寄って肩を掴むと、強引にカミューを椅子に座らせた。
さすがにカミューもそこまでされては抵抗出来ない。苦笑しながらおとなしく俯いた。
「それじゃ……申し訳ないが、頼むかな」
「任せろっ、カミュー!」
目前に無防備に曝された恋人の後ろ姿。思わず抱き締めてしまいたい衝動を、必死に掻き集めた理性で押さえ、マイクロトフはゆっくりと圧力を加え始めた。
幼い頃は、両親や叔父夫婦の肩をこうして揉んだものだった。どこか懐かしい匂いのする行為だ。
「いっ…………」
「カミュー?」
カミューは振り仰いですまなそうに言った。
「……痛いよ、マイクロトフ。もう少しだけ、そっとしてくれないか……?」
「あ、ああ、すまん」
焦って詫びてから、ふと気づく。今のは何やらベッドでの台詞に似てはいないだろうか?
途端に火を噴きそうに頬が熱くなったが、任せ切った様子で座っているカミューに、自分を深く反省した。
言われたように力を抜いて、今度こそ慎重に揉み出す。もともと細い肩なので、コリの部分は顕著に指先に当たった。そこを捉えて優しくほぐしていくと、カミューが小さな息を吐いた。
「…………あ…………」
溜め息のようなその声。ベッドでもついぞ聞いたことのないような、甘く切なくやるせない調子。マイクロトフはいっそう奮い立った。
凝りを逃さず、初めはそっと、次第に力を上乗せして丹念に揉んでいると、カミューは立て続けに声を上げるようになった。
「あっ……ああ、そこ……っ、マイクロトフ、凄くいい」
「そっ、そうかっ?!」
どだい男というものは恋人がよがれば燃えるものだ。
それがベッドの中であろうが肩揉みだろうが、声に興奮するのは性かもしれない。
「う、あっ!」
半ば嬌声のような叫びがマイクロトフのツボを突いた。
「カ……カミュー! ようしっ、もう徹底的にやるぞ!! 横になれ!!!」
「……………………え?」
「一日中椅子に座っていたのだろう? 腰にだって負担が掛かっているはずだ! この際、全身揉み解してやるから、覚悟してくれ!!」
覚悟しろと言われても……といった顔つきのカミューに気づかず、ひょいと椅子から抱き上げてさっさとベッドへ走るマイクロトフ。
「ち、ちょっとマイクロトフ…………」
「いいから! おまえの気持ちはわかっている! おれに負担を掛けたくないと言うのだろう? だが、おれは大切なおまえのため、この力のすべてを捧げる!!!」
言い出したらもう人の話など耳に入らない男は、躊躇しているカミューを力づくでうつ伏せに寝かしつけた。腰のあたりに跨るように座った彼に、カミューは微かに身を捩ったが、強引にベッドに押し付けられて仕方なさそうに力を抜いた。
「…………お手柔らかに頼むよ」
「わかっている、全力であたらせてもらう!!!」
やはり何も聞いていない。
マイクロトフは張り切ってカミューの背中を押し始めた。すっかり舞い上がってはいるが、それでも恋人の優しげな身体に、その馬鹿力を全力投球するほど間抜けではない。彼が思い切り力を込めたりしたら、カミューは背骨陥没・複雑骨折で即死しかねない。
骨を避けて適度に圧迫を加えるマイクロトフのマッサージは、カミューの予想以上に心地良かった。
「は……っ、あ……う……」
「いいか? ここが気持ちいいのか!」
「あ、ああ…………あ、でも……、そこも………………」
「こっちもか! よしっ、待っていろよ、すぐによくしてやる!!!」
「ひ……ああッ! マイクロトフ……ああ…………」
いつのまにかマイクロトフの技にすっかり夢中になったカミューが、ベッドでは吐かない嬌声を遠慮なく上げている。
「ここはどうだっ?」
「い、いい……凄く………………」
「たっぷり味わってくれ、カミュー!」
「んっ、ん…………、も、もっと…………」
「いいぞっ、もっともっと感じさせてやるぞっ!!」
「マイクロトフ…………ああ、もう…………」
「もうっ? もう、何だ? ちゃんと口に出してねだってくれ、カミュー!」
「駄目、ああ…………駄目だよ、死にそうだ………………」
「死ぬほどいいかっ?! おれも嬉しい!!」
「マイクロトフ、凄……っ……もう………………ああああっっっ!!」
「カミュー…………っっっっっ!!!!!」
滅多に(と言うより全然)聞いたことのないカミューの悲鳴混じりの喘ぎに、今度はマイクロトフの下半身がすっかり凝り固まってしまった。
彼は、どうやらマッサージで達ってしまったらしいカミューのぐったりした身体を仰向けてみた。
覗き込んでみれば、到達の後のように目元が潤んでいる。うっすらと開かれた唇からは、絶え間ない吐息が零れ落ち、紅潮した頬がなまめかしい。
マイクロトフの理性は一気に弾け飛んだ。
即座にカミューの衣服を剥き始める。心地良い疲労に襲われているカミューには抵抗する力もないようで、なされるがままに裸体を取り出されてしまった。
「カミュー………………今のおまえ、とても可愛かったぞ!」
興奮した声で賛美すると、さっさと服を脱ぎ捨てて覆い被さる。
だから、彼はカミューの目に一瞬過ぎったものには勿論気づかなかった。
彼の目は語っていた。
『やれやれ、せっかく気持ち良かったのに……そこで終わらないのか………………』
血が昇るどころか、突き抜けてしまったマイクロトフは、更に気づかなかった。
マッサージのときはあれほど惜しげもなく上がっていた歓喜の声が、行為突入と共にきれいさっぱり消えてしまったことを。
せっせと励む彼の耳には、さっきの恋人の甘い叫びがいつまでも木霊していたのである。

 

 

カミューの自室の隣に設けられた騎士の部屋。
ここには常時、数人の赤騎士が詰めていて、団長の指令を待っている。
今夜も彼らはマイクロトフの来訪と共に、カミューの部屋との境の壁にコップを当てていた。
行動に深い意味はない。壁は厚いし、物音が聞こえることもほとんどない。ただ何となく、習慣でやってしまうだけなのだ。
ところが、今夜は違った。
唐突に聞こえてきた細い叫びに、赤騎士たちはぎょっとしたように慌ててコップを握り直す。
耳が潰れるほど強くコップに押し当てて、息を殺してみれば、確かにそれはカミューの切なく甘い嬌声である。
「ど……、どういうことだろう? こんなことは初めてだぞ?」
一人が言えば、もう一人が首を傾げる。
「マイクロトフ様…………上手くなられたのだろうか???」
それはそれで悔しいが、カミューが痛くつらい思いをするよりは、と涙を拭う赤騎士たちだった。
しばらくして物音が聞こえなくなったときに彼らの案じる本当の『行為』が始まったことは、彼らには知る由もない…………。


     

むう……(笑)
実は腰揉みシーンだけは、別に作った似たような話があったのです。
けど、今回の方がバカさ加減がレベルアップしちゃった……。
肩凝りはつらいですねえ……マジ、実感ですよ。
ゆうきゆうき様、こんなもんでよろしいでしょうか??
多分この後、別のところも揉んでると思いますが(爆死)

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