幸福な隷属・2
真紅のマントで服の上から縛り上げられた両手首。
きつくベッドに繋がれて、すでに何の役にも立たない。
もがき止まぬカミューの上着を左右に開き、露になったなめらかな胸筋を撫で回す。
剣を持つ男にしては細い肉体。けれど弱々しい儚さはなく、柔軟なしなやかさに満ちている。
その胸は激しく上下して、マイクロトフが触れるたびに戦慄いた。
薄紅の隆起を口に含むと、カミューは喉を反らせた。噛み締めた唇には血の気がない。舌で転がし、丹念に舐め上げ、押し潰しながら、聞こえてくる鼓動の音を楽しんだ。
名残惜しげに離れれば、唾液に濡れそぼった突起は室内の冷気に心細げに震えた。
ゆっくりと肌の温度を確かめながら唇が移動する。
反り返った喉にたどり着くと、そこにはさっき残したばかりの赤紫の花が浮かんでいる。
白い肌に鮮烈な足跡。
マイクロトフは目眩を覚えて再びそこにむしゃぶりついた。
カミューは固く目を閉じて、出来る限りに顔を背けたまま無言だった。もはや男に何を言っても無駄だと悟ったように、けれど一切の声も与えないと言わんばかりに相変わらず唇を噛んでいる。
覗き込めば、ますます顔を遠ざけようと空しい努力をする。髪を掴んで無理矢理こちらを向かせると、やっとカミューは目を開けた。
そこには裏切られた痛み、理不尽なものへの怒り、友を失う哀しみ、自らを踏みしだくものへの憎しみが、渾然となって浮かんでいた。
マイクロトフは微かな苦渋を覚えたが、構わずきつくくちづけた。
噛み締める唇を割って差し込む舌を、けれどカミューは噛むことが出来ない。
心底憎み、恨んでいるならば、その舌を噛み切れば事足りる。
それを出来ないのがカミューの優しさであり、甘さであり、最後の友情なのかもしれなかった。
応えようともしない舌を絡め取り、乱暴に吸い上げてもカミューにはなすすべがない。苦しげに眉を寄せ、再び閉じられた目蓋には青白い諦めが漂っている。
それでもマイクロトフの手が胸をなぞり、やがて下腹にのびたとき、彼は鋭く身を捩った。衣服の上から緩やかに刺激を受けて、ベッドに括り付けられたマントが軋むほどもがいた。
動けば動くほど固くなっていく結び目に、すでに手首の感覚は失われていることだろう。マイクロトフは憐憫を過ぎらせたが、自由にしてやるわけにはいかなかった。
終に、その手が衣服の中にまで侵入した。カミューは弱い息を洩らしながら初めて懇願した。
「い、嫌だ、やめてくれ」
弱々しい哀願が男の妨げになるとは思えず、それでも口にせずにはいられなかったのだろう。カミューは敗北感に青ざめてさえいた。
「マイクロトフ…………!」
マイクロトフは答えなかった。
こんな哀れなカミューの必死の願いを、これまでならどうして無視することが出来ただろう。
だが、ここまできては遅いのだ。
もう二度と、自分は彼の横に並べない人間だ。
壊れるならば、徹底的に壊してしまえ。
未練など、感じることも出来ないほどに、跡形もなく。
力任せに下衣を引き下ろした。布に擦れた足腰が、うっすらと赤く染まる。暴かれた下肢はシーツに溶けるほど淡く、汚れなく輝いていた。
「ああ………………」
カミューは目を閉じてうめいた。男の指に伝い這われて、脚が震え出す。マイクロトフは淑女にするかのように、その爪先にくちづけた。
緩やかな線を描く脚をゆっくり唇で撫で上げながら、溜め息を洩らす。
この美しい身体を、これまで幾人の女に与えてきたのか。
どれだけの女が歓喜しておまえを受け入れたのか。
おれが苦悩し眠れぬ夜を過ごす日々に、おまえは幾夜女を抱いて眠りについたのか。
マイクロトフはカミューを掌に納め、確かめるように握り締めた。
途端に息を飲むような声が喘いだ。
「友などではない」
掠れた声でマイクロトフは呟いた。
「おれは…………おまえが欲しかった」
言うなりカミューを口腔へと導く。ひっ、と弱く洩れた声がマイクロトフを煽った。
「や…………めろっ、マイクロトフ……!」
今更のように必死に訴える彼に、マイクロトフは舌技で応えた。
抗う声は嫌悪を露にしていたが、肉体は思うようにカミューに従ってくれないらしい。長い時間を掛けて丹念に想いを語り掛けたマイクロトフに、やがて彼は屈服した。ゆるゆると勃ち上がるカミューの熱に、マイクロトフは密やかな喜びを覚えた。
「は…………っ」
背中が綺麗な弧を描くまで身体を仰け反らせ、何とか迫り来る頂点をこらえようとカミューは足掻いたが、押し寄せる波は何処までも荒く、傍若無人に彼を攫った。望まぬままに達かされて、失意の喘ぎを零すカミューに、マイクロトフは窺い込む視線を送る。
暴力は、肉体にのみ受容されてしまったのだ。カミューの胸にもそれは感じられるだろう。すでにマイクロトフの目には共犯者めいた気配が滲み出ているはずだ。
「それで…………、わたしをどうしようと言うんだ…………」
到達の直後の色めいた声が、濡れた響きでマイクロトフを促した。
「……決まっている。全部…………、おれのものにする」
「許さない」
カミューはマイクロトフを見ないまま小さく言った。
「……許してもらおうとは思っていない。殺すなら、おれを殺せ。それでもおれは、おまえを奪う」
顎を捉えて深くくちづける。ここまできても、カミューは彼を傷つけようとはしなかった。
「…………これが最後だ。殺せ、カミュー」
低く囁いて、今までになく奥深くまで舌を差し入れた。
束の間、カミューの冷たい歯がマイクロトフの舌を挟んだ。幾度も躊躇するように、力が掛かっては抜けるという動きを繰り返す。
マイクロトフは辛抱強く待った。
それが長い間友人と呼んできた相手への、せめてもの誠意だったから。
最後にひときわ強く舌を噛んだカミューだったが、喰い千切るにはあまりに弱々しい力だった。刹那、その眦から透き通った涙が零れ落ちる。
マイクロトフの舌を解放した彼は、そのまま力なく項垂れて、忍びやかな嗚咽を洩らした。
マイクロトフはそっと彼の涙を舐め取り、目蓋にくちづけ、そして脚を割り開いた。
猛々しい欲望にこじ開けられた一瞬に、カミューは一度だけ悲鳴を上げた。
軋むベッドの上、がっしりした腰が幾度もカミューを突き上げる。
押し広げられたまま抱えられた脚は、力なく揺れるばかりで、もはや意志ある動きなど見せはしなかった。
室内に垂れ込めるのは、汗と体液と血の匂い。
そして、裏切りと欲望と、諦めと苦悶。
「カミュー…………!」
啜り泣いたのはどちらだったか。
後には静寂が残った。
投げ出された手足は壊れた人形のようだった。
生気のない虚ろな眼差し、すでに乾いた涙の跡。
繋いだ身体を離しても、カミューは脚を閉じることさえせず、そのままの姿勢でベッドに横たわるばかりである。マイクロトフが濡れたタオルで白濁と乾き始めた鮮血を拭っても、反射的な反応しか示さない。
傷ついた身体を手当てしようにも、部屋に道具はない。諦めたマイクロトフは、丁寧にタオルで清めるだけにとどめた。
覗き込んだ顔は白い。確かめてみなければ息をしているのかさえわからないほど、すべての感情が失われたカミューはつくりものめいている。
何故だろう。
無理矢理男に犯されて、恥辱の限りを尽くされて、なお彼はこれほどまでに美しい。
誇り高き彼ならば、あるいは自ら死を望むかと、途中で布を噛ませもした。
だが、含ませていた布を外しても、カミューは舌を噛みもしなければ、身動き一つしない。拘束していた手首を解けば、両手はそのままシーツに落ちた。
マイクロトフはベッドの横に座り込み、じっとカミューを見つめた。
あのとき、確かに彼はマイクロトフに殺意を覚えたのだろう。噛まれた舌にはかなり長いこと痛みがあった。
それでも彼はマイクロトフを殺せなかった。多分、それまでの長い長い友情が邪魔をして。
「…………おまえは馬鹿だ」
マイクロトフは呟いた。「殺してしまえばよかったんだ」
友を傷つけられず、代わりに自分が傷ついて。「……いっそ、おれが消えればいいんだな……」
カミューに出来ないのならば、自分がやっても構わない。ほんの一瞬でも、あれほど渇望した相手を手に入れた。それだけでもマイクロトフは満足だった。しかし、その言葉に反応したようにカミューの目に光が戻った。
のろのろと顔を巡らせ、マイクロトフを見る。血の気を失った相貌には表情がない。ただ、琥珀色の瞳だけがゆらゆらと燃えている。
「…………死んでも…………許さない」
悲鳴を殺し続けて喉を痛めたのか、しわがれた声が言う。
「たとえ死んでも…………おまえを許さない」
誰よりも優美で気高い青年。
暴力で肉体を開かれ、あらん限りの凌辱を受け止めながら、彼は毅然と言い放つ。
「誰よりも……信じていた、大切に思ってた…………、それをおまえは裏切った……。わたしは決しておまえを許さない…………」
「ああ」
マイクロトフは微笑んだ。
「おれも……おまえを愛しただけだ。欲しかったから奪っただけだ。許してくれとは言わない」
カミューは虚を突かれたように瞬いて、しばし考え込むように押し黙った。
重い沈黙の後、静かに口を開く。
「くれてやる」
「……カミュー?」
「わたしが欲しいのなら、おまえにやる」
今度はマイクロトフが戸惑う番だった。
カミューは真っ直ぐにマイクロトフを睨み付けたまま、僅かも目を逸らさない。
そこには愛情や親しみといった優しい感情は窺えない。ただ、薄暗く燃える情念が揺らめいている。
「代わりに……、おまえをすべてよこせ。心も、身体も、その命も。残らず全部、わたしによこせ」
マイクロトフは目を見張った。
赤騎士団長カミュー。
力で凌辱されたことを認めるには、あまりに誇り高すぎる青年。
たとえ目の前からマイクロトフが消え去っても、屈服させられた記憶は消えない。
ならばいっそ、マイクロトフを支配することで優位に立つ道を選ぼうというのだろう。
苦笑いが洩れた。それこそ、自分の切なる望みだ。カミューに溺れ、満たされ、支配される人生。
同時に彼の怒り、憎しみ、哀しみのすべてを我が身が受ける。
彼はマイクロトフを見るたびに、捩じ伏せられた自分を思い出す。
奪われた誇りを思い、与えられた痛みを思うのだ。
いつしかその思考のすべてを自分が占める日が来ることだろう。
唯一の存在への絶対の執着。
それを人は、愛とは呼ばないのだろうか?
「……誓おう、カミュー」
彼は投げ出されたカミューの手を取った。そして、恭しく甲にくちづける。
「我が剣と名において…………、おれのすべてをおまえに捧げよう」
見届けるカミューは無言のままだった。続いてゆっくりと訪れたくちづけに、静かに目を閉じる。
マイクロトフにとって何処までも幸福な隷属。
……それは新しい未来への第一歩。
うおおおおおっ、カミュー! おれは、おれは〜〜〜!!
かくして女王様と下僕の日々は始まった……
っても、フォローにも何にもならんわい!!
ごめんなさい、うっちぃ様。赤氏、満足してないと思う……(笑)
本番を割愛したのは、せめてもの理性とお思い下さい(爆)
では、切腹いたします。これにて御免!!