青騎士団長Vs赤騎士団 タイトル、まんま(笑)
ある晴れた日の午後。
栄光あるマチルダ・青騎士団を率いる男は果てしなく悩んでいた。
足を止めたのは一軒の店先。
苛々うろうろと幾度も往ったり来たりしている男に、気づいた店主が口元を緩めた。
ははあ、ようやくあの方にも春が来たか。
しかし、男の様子はそんな甘やかなものではない。
まるで命でも取られるかのような、まさしく必死の形相なのである。
店先に揺れる色とりどりの可憐な花々。ロックアックスでも一、二を争う大きな花屋の店先で青騎士団長マイクロトフは、現在苦悩の真っ最中なのだった。
ことの起こりは今朝である。
いつものように早朝訓練を終えたマイクロトフは、赤騎士団長の執務室を訪ねた。
この時間ならば、とノックもせずに無造作に扉を開けた彼は、室内から一斉に向けられた二十二の瞳にぎょっとした。
赤騎士団の副長をはじめ、十ある部隊の隊長たちが揃って詰めているのである。だが、肝心な人物は見当たらず、マイクロトフは不穏な予感に身体を固めた。
「ああ、おはようございます、マイクロトフ団長」
朗らかに、かつ穏やかに口を開いた壮年の副長に、彼は少しだけ安堵した。どうやら非常事態という訳ではないらしい。しかし、ならば彼はいったいどうしたのだろう?
それにこの、赤騎士団の隊長たちの視線。
『我らのカミュー様のポンユウだから、仕方ない。青騎士団だけど、一応はあんたも身内扱いね』とでも言いたげな。
「ええと……カミューは、いないのか……?」
その名に男たちは一斉に頬を緩める。
「カミュー様はまだ、おやすみです」
「な……に?」
マイクロトフは仰天した。
確かに彼は夜型人間だ。同じベッドで眠った翌朝、マイクロトフの見守る中でいつまでも惰眠を貪り、抱き起こせばずるずるとシーツと仲良しになる姿を見てきている。
けれど、それはあくまで情事の疲労が原因であり、ひいては自分の責任だと申し訳なく思っていた。そうでない朝までだらだらしているとは、これまでまったく知らなかったのである。
すでに早朝訓練をこなし、瀕死の部下たちを広場に残して元気良く訓練の汗を流し、人様の三倍は朝飯を掻き込んで、更に三十分後に食後の体操をして満腹感を解消した彼には、カミューの怠惰ぶりが信じられなかった。
「まったく……、どういうつもりなのだ。団長がそれでは、部下たちに示しがつかないではないか」
些か憮然と呟いた彼に、即座に鋭い目線が飛んできた。
「ご心配なく。我ら赤騎士団は『主体性』を信条としておりますので。カミュー様を煩わせることなく、なすべきつとめは果たしております」
不敵に笑う第一隊長の言葉に、他の隊長が大きく頷いていた。
それではおれが部下につとめを押し付けているように聞こえるな、とマイクロトフは思ったが、この赤騎士団は先頭に立つ者の影響か、妙に話術が巧みなのだ。どうせ言い負かされそうなので、彼は追及を諦めた。
「ああーーーーっ!! また外れてしまった!!!」
そのとき、一人の隊長が叫んだ。
どうやらマイクロトフには陰になって見えなかったのだが、彼らは副長の机を囲むようにして、何かの作業をしていたのだった。
「あんまりです〜〜〜、これで二ヶ月連続!!ですよ〜〜〜」
身を捩るようにして嘆いているのは、第十部隊長だった。他の隊長がくすくす笑いながら声を掛ける。
「おまえは……どうにもくじ運が悪いな」
「ま、諦めろ。何事にも公正を期した結果だからな」
「そんな……。ふ、副長! これ、何か細工なさっておられませんか?」
「人聞きの悪いことを言うな」
マイクロトフそっちのけで何やら始まった会話に、取り残された彼はきょとんと立ち尽くす。
くじ運、というのが意味がわからないが、多分何かの任務なのだろう。確かに彼らはカミュー抜きでも仕事をこなしている。ならば自分があれこれ言うべき問題ではないだろう。
そう思い、彼は溜め息を吐いて言った。
「それでは……、ともかく、おれはカミューを起こしてくるから……」
「お待ちくださいっっ、マイクロトフ団長!!」
さながら叱責のような声が彼を捕まえた。見れば恐ろしい形相の騎士隊長らが彼を睨んでいる。
「それは我らのつとめです! ですからこうして今、その任を担う者を決めているわけで」
扉に手を掛けたマイクロトフに第三隊長が洩らした一言は、ますますもって意味不明だった。
「決めている……って、カミューを起こしに行く者を、か?」
思わず訊き返すと、にっこり笑った赤騎士団副長が机に乗っていた紙切れをひらりと見せた。
「……あと二人引くまで、お待ちください」
紙に描かれた無数の線。アミダだと分かった途端、マイクロトフはよろめいた。
「よしっ、今朝こそ栄えある任を射止める!! 我が騎士の誇りにかけて!!!」
宣言して紙切れを掴み、テーブルの上でかしかしと線をなぞり始めた第二隊長。丸めた背中が物悲しく、マイクロトフはひたすら呆然と一同を見守るばかりだった。
その表情を気の毒に思ったのか、副長が静かに説明した。
「……カミュー様が朝にお弱いのはご存知でしょう。ですから我らはこうして毎朝、カミュー様をお起こしする役を決めているのです。以前はわたしがお起こししていたのですが、やはりこうしたことは公平に、との意見がありまして……」
それでアミダになるんかい、と突っ込みたくなるマイクロトフだが、一同の真剣過ぎる顔つきに何も言えない。
「そ、その役だが……、何か特典でもついているのか?」
恐る恐る尋ねると、第一隊長がふと頬を染めた。
「ええ、まあ……何と言うか……、カミュー様の意外な一面を拝見することは出来ますね」
「下っ端が見たこともない寝顔を拝見できますし」
「時折、不機嫌なお顔も見せてくださいますし」
「……たまに、たまーに、寝惚けられて、だ、抱きつかれたりなんぞすることも……」
「何いいっ、そんなことは初耳だぞ!!」
「い、い、言うなと厳命されてましたので……」
「くそうっ、カミュー様……何故わたしにはしてくださらんのだ……っ」
「え、えーと、黙っていてください。バラしたこと、絶対に内緒ですよ〜」
目の前で繰り広げられる浅ましくもいじらしい争いに、マイクロトフは愕然としたまま拳を震わせた。
抱きつかれた、だと?
多分それは、おれと間違えたのだ。不機嫌な顔を見せた、だと?
それはおれが与えられるはずの顔だったのだ。寝顔を見た、だと?
あの無防備で可憐な、おれだけの綺麗な綺麗な寝顔を。
マイクロトフは噴火した。
「とにかく!! 急用なのだ! おれが起こす、承知してもらおう!!」
さすがに一団を率いる男の言葉に、一同は不承不承頷かずにはいられなかった。
彼らの視線は言っている。
『身内に扱ってもよかったけど、やっぱりあんたは敵〜〜〜〜。我らの幸せを奪うとは、何てひどい奴なんだ、恨んでやる〜〜〜…………』
けれど実直で温厚な副長は、他の隊長ほどそれを露にしたりしなかった。
笑って立ち上がると、今度は別の書面をマイクロトフに差し出す。
「では、よろしくお願い致します。これをカミュー様にお渡しください」
「……これは?」
「部下たちよりカミュー様へ宛てた贈り物のリストです。先週分を記載してありますので」
マイクロトフは今度こそはっきりよろめいた。答えることも出来ずにふらふらと執務室を出て行こうとする。その背後で、騎士隊長らがぼやいていた。
「副長……あんまりです。どうしてあっさり譲ってしまわれたのですか?!」
「おれ、今朝こそは、今朝こそはっっっと思っていたのに……」
「泣くな。さあ、アミダを続けろ」
「しかしマイクロトフ団長が…………」
「案ずるな。次にカミュー様が仮眠を取られたとき、お起こしするのに呼んでやるから」
「ふ、副長ぉぉおお〜〜、感激です〜〜〜〜」
赤騎士団副長の人望は、こんなあたりからきているのかもしれない。
マイクロトフは勢いも荒く扉を閉じると、大股でカミューの自室を目指した。
微かな軋みを立てて扉が開く。それと同時に、マイクロトフは倒れそうになった。
(な、何だ? この匂いは………………)
鼻を衝く異臭と共に、まるでペンキをぶちまけたような極彩色が彼を迎えた。
よくよく見渡してみれば、それは溢れ返る花の群れだった。
部屋の持ち主らしく整然とした居住まい……と言いたいところなのだが、もはや乱雑にしか見えないほど、色とりどりの花があちらこちらに散乱している。
ロックアックス城中の花瓶を総動員させたかのような様相なのだが、それでも足らなかったのか、しまいにはバケツにまで花が突っ込まれている。スマートさをもって誇るカミューにしては意外な光景だが、確かにこの量を思えば、そういう気分になるのもやぶさかではない。
異臭は花だったのだ。ひとつひとつならば芳しいのだろうが、これほどの量と種類が混ざれば別だ。
鼻を摘んでキョロキョロと見回せば、ベッドからずり落ちるような格好でカミューがのびていた。
マイクロトフは慌てて駆け寄り、何よりも愛しい人を抱え起こす。苦しげに眉を顰めているので、軽く頬を叩いてみると、カミューはのろのろと目を開けた。相変わらず綺麗な琥珀が、ぼんやりマイクロトフを見つめ返す。
「眠い〜〜〜〜」
うわごとのようにカミューは唸り、それからマイクロトフにひしとしがみついた。相手が誰だか分かってもいないような朦朧とした姿だ。こんな調子で抱きつかれたら、それは赤騎士も嬉しかろう。
「カミュー、おいカミュー! しっかりしろ! ええい、もう……目を覚ませ!!」
ううん、と子供じみた仕草で首を振る彼に、思わずマイクロトフは身体の奥深く疼くものを感じたが、その情動も揺らぐほど、室内の異様な匂いは凄まじかった。
「よくもこんな中で寝てられるな……、おい、大丈夫か?」
顔をしかめているカミューに声を掛けると、ようやく彼は覚醒し始めたように幾度か瞬いた。
「あ、マイクロトフ……」
「あ、じゃないだろう。いい加減に起きろ、何時だと思っているんだ?」
恋人に諌められて少しだけ悲しそうな顔をしたカミューだったが、すぐにその表情は消えた。
「……くさい〜〜〜〜」
「大丈夫だ、そいつは寝惚けているわけではない。おれも死にそうだぞ、カミュー」
あまりの匂いにはっきり目が覚めたように、カミューはマイクロトフの腕の中で身じろいだ。
「マイクロトフ、何故おまえがここに?」
「そ、それはその」
おまえの可愛い寝姿を赤騎士の連中に見せたくないからだ、と言い掛けたが止めた。精一杯の口説き文句も、この異臭の中では如何にも間抜けだ。
「……それより何なんだ、この有り様は?」
「ああ……うん、寝る前はそれほどひどくなかったんだが……」
カミューも溜め息を洩らした。あまりしたくはなかったのだろうが、思わず鼻を摘んでいる。
「ひのう、ふかがひっへいにはらをとろけてくれへな(昨日、部下が一斉に花を届けてくれてな)、ふてるのもひのひなく、へんぷからったのらが(捨てるのも忍びなく、全部飾ったのだが)、ひとわんたったら、ほんなひおいになってひて(一晩経ったら、こんな匂いになっていて)、おひようとひたんらが、くるひふてたほれてひまったんら………………(起きようとしたんだが、苦しくて倒れてしまったんだ………………)」
「ほうは(そうか)………………」
眩しい陽光の差し込む花畑のような部屋の中、鼻を摘んで語り合う恋人たち。
マイクロトフはきりりと立ち上がり、部屋を横切り窓を大きく開いた。ぜいぜいと深呼吸した後で、一旦戻ってカミューを抱え、窓辺に連れて行く。カミューは涙目になって大急ぎで息を吸い込んだ。
「しかし……ひどいな、これは。犯罪行為に近いぞ」
「うん……だが、わたしも悪いんだ。部下たちの前で、うっかり『花が好き』などと洩らしたから」
「花……が好きなのか……?」
初めて聞いた恋人の好みに、マイクロトフは密かに眉を寄せる。カミューは肩を竦めた。
「まあな。だが……ちょっとこれは行き過ぎているな」
「……そうだな……。花には罪がないが、……捨てた方がいいんじゃないか?」
「ああ、そうするよ。可哀想だし、勿体無い気がするが……命には換えられないものなあ……」
上半身を大きく窓から乗り出して相談している二人は、たまたま下を歩いていた騎士がその姿にぎょっとしていることには気づかなかった。
それから数人の従者が呼ばれ、殺人的な異臭を放つ贈り物の数々は、静かに闇に葬られていった。
ただ、捨てられた花の残骸を見つめ、カミューが少しだけ切なそうな顔をしていたことが、マイクロトフの心に残ったのである。
カミューは花が好きなのだ。
だからあんな、窒息しそうな異臭の中でも耐えていたのだ。
そう思うと、マイクロトフは行動せずにはいられなかった。
午後になって僅かに空いた時間を見計らい、こっそりと城を抜け出した。
恋人となってから、カミューに贈り物などと洒落た真似をしたことはない。カミューもそんなことを求めたことは一度だってなかった。
けれど、あの赤騎士たちの贈り物攻勢を見てしまった後ではそうも言ってられない。
めらめらと燃える対抗意識一直線で、花屋の前まで一気に来たのはよかったが、そこで彼は躊躇した。
もともとそういうガラではない。カミューも女性ではないのだし、自分が貰うなら防具とか札とか、実用的なものの方がよほど嬉しい。花、というのはまったくマイクロトフの守備範囲外なのである。
頭を抱え込んで散々悩んだ挙句、最後にちらりとカミューの切なげな顔を思い出した。
恋人の好きなものを買うのに、何を躊躇う必要があろうか。遂にマイクロトフは心を決めた。出来るだけ花を見ないようにして、店の主人を呼ばわった。
「こ…………この花をくれ!! リ、リボンを掛けてだ!!!」
主人はそっぽを向いたままのマイクロトフの指先を見つめ、微かに顔を歪めた。
「ええと…………、これを、ですか…………?」
「そ、そうだ!! リボンの色は赤!!!!」 (←笑)
主人はもう一度確認した。
「マイクロトフ団長様……本当に、本当ぉぉ〜に、こちらですか??」
「は、早くしてくれ! こんなところを誰かに見られたら…………!!」
けなげな決意を固めた彼だが、やはり部下などに見られるのは気恥ずかしいのだ。耳まで真っ赤になりながら、マイクロトフはぶんぶんと指を振り回す。
「お、思い切り大きな花束にしてくれ! 大事な相手に贈るんだっっっ」
「は、はあ………………」
相変わらず花を見ずに訴える男に、主人は渋々と従った。いいのかな、などとブツブツ呟いている。
大慌てで金を払い、引っ手繰るように花束を受け取ると、マイクロトフは全速力で街を駆け抜けた。
途中、街の人々は生真面目な青騎士団長を微笑ましげに見ては、その手に握られた花束に首を傾げるのだった。
ロックアックス城に戻った彼は、即座にカミューの自室を訪ねた。昨夜安眠できなかったので、少し暇になる午後になってから自室で仮眠するという話を聞いていたのだ。
果たしてカミューはちょうど窮屈な騎士服を寛げて、ベッドに向かおうとしているところだった。
マイクロトフはずんずん彼に近寄ると、背中に隠していた花束をずいと差し出した。
「カ、カミュー! こ……、これを受け取ってくれ!!」
「これは…………?」
「お、おれの気持ちだ!! いや、無論こんなものではおまえへの気持ちには到底足りないが、…………す……、好きだからなッッッッ」
「マイクロトフ…………」
「じゃッ、おれは仕事に戻るから!! またなっ、カミュー!!!!」
疾風のように駆け去っていく、真っ赤に染まったマイクロトフ。
後に残されたカミューは、巨大な花束を抱えて呆然としていた。
「………………何で彼岸花…………?? 誰かの法事だったか………………????」
後日。
自室の一番高価な花瓶に、恋人から貰った大きな花束を活けた赤騎士団長に、『どうやらあれがカミュー様のお好みらしい』 と無責任な噂に踊らされた部下たちから、これまた泣きたくなるほど大量の彼岸花が届いたとか、届かなかったとか………………。
うーん、やっぱり赤騎士団が絡むとバカップル二割減、って感じっス。
この彼岸花ネタは愛人とのFAXでかなり前に出てました。
マイクロトフ、きっと照れてこんなだろうと。
ちなみに、カミュー様からのお返しの品は
マムシドリンクとやおいHow to本だった…………(笑)
マッピー様、こんなもんで勘弁してください。