わたしは青騎士団・第一部隊所属騎士である。
精鋭部隊と称される我が隊は、現在、青騎士団の誇る勇猛なる部隊長マイクロトフ様の指揮下に位置している。
今でこそ一端の騎士として周囲に認められる身であるが、もともとわたしはこの道を望んで志した訳ではなかった。
ロックアックスの中流家庭の末子に生まれたわたしは、幼い頃から争い事が苦手で、近所の少年たちが元気に外で戦ごっこに興じているのを窓越しに見ながら姉たちと人形遊びに耽るような幼年期を過ごした。
父は騎士団の文官だった。残念ながら武芸に力量がなかったために騎士にはなれなかったのだ。しかしながら街の尊崇を集めるマチルダ騎士団への憧れは根強かったらしく、己の果たせなかった夢を我が子に託そうと考えていたらしい。
ところが、生まれてくる子は女ばかり。やっと待望の男児誕生と思えば、これが男らしさの欠片もない出来損ないときては父の悲嘆は如何ばかりだったろう。
父はわたしが抱く人形を取り上げては玩具の剣を押し付け、『騎士となれ』と泣いたという。けれど当時のわたしには剣などよりも、綺麗なレースのドレスを着た可憐な人形や、ままごと遊びの方が幾倍も魅力的だった。
もし、父が早世しなかったらわたしが騎士の道に進むことはなかっただろう。
十二のときに父は街の外で魔物に襲われ、命を落とした。今際の際にまで『騎士となれ』と呻いていた父のため、わたしは泣く泣く慣れ親しんだ人形を手放して剣を握ったのである。
さて、そんな訳から実のところ気乗りしない騎士への第一歩だったのだが、予想に反してこの世界は輝くような場であった。何故ならば、わたしには同性に心魅かれてしまう資質があったからである。
騎士団は男だけの世界、右も左も男ばかり。これは実に胸弾む環境と言えた。
考えてみれば幼いときから兆候はあった。少女たちに立ち混じって遊ぶのは、己が少女に成り代わりたい願望の現れだったのだ。
だからといって彼女たちのようにドレスを身につけたいとまでは思わないが、わたしは確かに女性の立場として男性に愛されたいと願う人間だったのである。
流石に多くの男が集う騎士団、中には同好の士も在った。けれど、決まった相手は出来なかった。鏡を見れば平均は上回るだろうと自負出来るのに、わたしを愛してくれる男は現れない。
噂によれば、同性で愛し合う場合では受け身を敬遠するものが多いらしい。わたしは最初からそちらを望んでいる訳だし、引く手あまただろうと期待したのが大きな間違いだったようだ。
十五の歳、ギリギリの線で騎士に叙位されたけれど、その頃には『騎士団での夢のような出会いと交際』への希望は薄れ、半ば惰性のような日々が送られるばかりだった。
マイクロトフ様との運命的な出会いを果たしたのは二十歳のときだった。これには同期で青騎士団に叙位されたメルヴィルという男に感謝せねばならないだろう。
この男とは入団当初から何かと縁があった。同期ということも勿論だが、何かと気遣ってくれる男だったのだ。
最初はわたしに気があるのかと期待したが、実はわたしのあまりの要領の悪さに苛ついて、不本意ながら面倒を見ずにはいられないというのが本当だったらしい。事実が明らかになったときにはがっくりきたものだ。
ともあれ、メルヴィルはわたしの性癖を知ってからも変わらぬ交友を続けてくれた貴重な友だったのである。
その日、借りていた本を返そうと彼を探していたわたしは城内の闘技場に足を踏み入れた。そこで二人が剣を交えていたのである。
当時メルヴィルは第一部隊所属だったが、青騎士団でも使い手として名を馳せる彼の相手を勤める若者を見た瞬間に身体中の血が沸き立つような気がした。
生真面目そうな面差し、伸びやかで逞しい体躯。既に見事な長身だったが、長い手足は更なる成長を約束していて、漲る力を持て余しているかのようだった。
そして彼の瞳───磨き抜かれた黒曜石のような瞳、真っ直ぐで曇りのない、けれど孤高の獣の如く光り輝く凛然とした瞳に魅入られた。それは正しく恋の淵に転げた瞬間であったのだ。
やがて双方が剣を引いた。闘技場の隅に立ち尽くすわたしに気づいたメルヴィルが彼を紹介してくれたのだ。
メルヴィルと同じ第一部隊所属騎士───マイクロトフ様は十七歳。歳こそ上なれど、わたしは下位部隊所属だったために直接顔を合わせたのは初めてであった。
ただ、名だけは幾度も聞いたことがあった。耳にした噂はいずれも彼の前途を期待したものであり、無器用な質ではあるが誠実で、騎士となるべく生まれた男といった類のものである。
メルヴィルは類稀な剣腕を持つ若者にとって唯一とも言える稽古相手だったが、認められて新たな騎士隊長に任ぜられたため、その日が事実上最後の稽古になったという訳だ。若者は声を詰まらせながら幾度も厚情に礼を取り、我が友は珍しく皮肉も言わずに照れ笑っていた。
やがて彼が去った後、ぼんやりと見送っていたわたしにメルヴィルは言った。
『あいつはやめておけ』
抱いた想いが早くも知れてしまったことに狼狽えたが、わたしの好みには一定の法則があるから分かり易いらしい。つまり、雄々しく屈強の男、抱き締めてくれる強い腕と豊かな眼差しを持つ男に魅かれる傾向があるらしいのだ。
有無をも言わせぬ口調で諦めるよう諭す男を不満に思い、理由を問い質すと、彼は渋い顔で首を振った。
『あいつにはもう心に決めた相手がいる』
恋したそばから失恋か、そう呆然としたのを哀れに思ったのか、メルヴィルは面倒臭そうに付け加えたのだった。
『……未自覚らしいが、時間の問題だ。おまえの割り込む余地はあるまい』
諦めろと言われて諦められるような想いなら救われただろう。それまで何度か陥った恋など幻であったかのような衝撃だった。魂を根こそぎ奪われたような気がした。
十七歳、未だ若年の気配こそあれど、幾年もせぬうちに何程見事な男になることか。
心に決めたものがいると言っても、メルヴィルの言を信じるならば未自覚。そのあたりは所属部隊の違いもあって詳細が量りかねるが、ともかく全く希望がない訳ではないのだ。
騎士となっておよそ四年、初めてわたしは奮起した。何があろうと彼と同じ部隊になりたい、ただその一念で必死につとめたのだ。
しかしながら格別の才に秀でてもいない身が四苦八苦しながら漸く栄えある第一部隊にまで昇ったときには遅かった。将来を属望される若者は既に騎士隊長の位階に進み、部隊を違えていたのである。
宿願叶って同じ部隊内で顔を合わせたのは、運命的な出会いから六年後、彼が我が第一部隊の部隊長に叙位されたときだった───
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