邪なりの苦悩


「……駄目だわ」
頬杖をついてぼんやりと吐き出したのは、同盟軍の図書館を与る才媛、エミリアである。
「ここのところマンネリだわね、何を書いても同じに感じるわ……」
意を汲んだように同席する乙女たちが嘆息した。
「だいたい、配本ペースが速すぎるんだよ」
「月に1冊というのは流石につらいわ……日々締め切りに追われて、休む間もないんですもの……」
そうぼやいたのはグラスランドの芸人姉妹である。妖艶な美少女である姉・リィナの指先には、零したベタの拭い切れない染みがこびりついていた。
「だからといって、今更ペースは落とせませんよ!」
バンと机を叩き、断固として言い放ったのはグリンヒル出身のニナである。そんな彼女に残る三人の疲れ果てた視線が向けられた。
「……原稿メンバーじゃないから言えるのよ、あなたは……」
「そりゃあ編集に関する能力は認めるけどさ」
「一度、あの締め切りに追われることをお勧めするわ……」
しかし、それらの声は小さい。一同の総括者である少女に逆らうにはあまりに疲労している上に、気力が負けているのである。

 

四人の乙女たち────
『マチルダ・サークル』を名乗る彼女らは、同盟軍内同志である二人の騎士団長の邪な関係を赤裸々に綴った、所謂『同人誌』を発行している仲間なのだ。

 

小説担当のエミリア、シリアス漫画担当リィナ、ギャグ漫画担当のアイリ。見事にバランスの取れたメンバーに加え、抜群の行動力と折衝能力を持つニナが編集等の雑務を請け負う。そうして発行される本の数々は、主に騎士団員を中心とする読者に販売され、日々の活力の源となっている……らしい。
さて、編集会議と称されて催された今回の会合の議案は、このところ創作メンバーの悩みとなっているマンネリ化対策についてであった。何しろ尋常でない配本ペース、これでは幾ら煩悩溢れる乙女たちであってもネタも尽きようというものだ。
「とにかく、コマメに発行することに意義があるんですから! 読者さんたちもそう言ってますよ〜〜」
ニナは箱に詰め込まれた騎士たちからの激励の手紙を指して言う。それは分かっているけれど、と乙女たちは再び溜め息をついた。
「でもねえ……やっぱり作る側としては、やっつけ仕事はしたくないわ。たっぷりネタを温めて、しっかり構想組み立てて……っていうのに憧れるじゃない?」
エミリアが呟くと、リィナがすかさず同調した。
「たまにはまともに背景を描き込みたいわ……」
「ギャグだって難しいんだよ? そうそうネタが溢れてくるわけじゃないんだからさ」
負けじとばかりに言い募るアイリの言葉は執筆陣の心を代弁していた。
「そうよね……ネタよ、ネタなのよ……」
「ついでに時間も、よね……」
「ネタ、ですか────」
ニナは腕を組んで首を傾げる。
「わたしはそれほどマンネリとは思いませんけど……」
「────それは騎士の皆さんと同じ感覚ね」
エミリアは厳しく首を振った。
「わたしたちの目指すものは、めくるめく騎士団長二人の愛の世界、壮大なドラマなのよ〜。ただ二人が出てきて……絡み合っていればいいってものじゃないのよ〜」
「きゃっ、エミリアさんたらロ・コ・ツ〜〜」
台詞はともかく、いとも平然と言って退けたニナだが、すぐに難しい顔で追加した。
「…………って最近エミリアさん、絡ませてもいないじゃないですか。少ないですよ、エロシーン」
「────うっ」
「ま……まあまあ。エミリアさんはエロを重視してないんだってば」
慌ててアイリが取り成すが、常日頃から彼女が濡れ場を苦手としているのを知っている身としては、あまり説得力のない弁護である。
「読むときは燃え萌えですよね、その割りには。この前入手した知将×猛将の本なんて、『これよ、これ〜!』の連発だったじゃないですか」
「そ、それは……! 読むのと書くのは別なのよ〜〜」
よよと机に伏した彼女の代わりにリィナが口を開いた。
「創作は自分を削るものなのよ……ニナちゃん、そう責めないで」
「責め? 攻め…………くく……」
思考はすべて煩悩へ一直線、ニヤリとした少女に乙女たちは微かな寒気を覚えるのだった。
「本題に戻しましょう。エミリアさん、じっくり温めるって……例えばどんな話を考えてるんですか?」
「ええと、今考えているのはね……」
エミリアは眼鏡をずり上げて背筋を正した。
「この戦争が終わった後、二人が養子を迎えるの」
「養子? コーネル君みたいな美少年かしら……?」
リィナが微笑んで言うのに、首を振る。
「それも悪くないけど、サスケ君みたいにちょっとヒネた感じがいいわ」
そこでニナがぱっと顔を輝かせた。
「わかりました! 実はその養子、カミューさんに下心を抱いていて、マイクロトフさんが留守にしてる間に犯っちゃうんですね?! でもカミューさんは、可愛がっているマイクロトフさんに言えず、ひとり苦しむんでしょう?」
「────え……」
「カミューさんが言い出せないのをいいことに、つけ上がった養子は強引に関係を迫るようになって、終にはマイクロトフさんが寝てる横でされちゃったりして、でも愛する人を傷つけたくなくて、どうしても打ち明けられなくて……ひとり苦悩するカミューさんは、やがて養子の愛撫に慣らされるようになっちゃうの!!!」
「や、やだ……あたい……萌えちゃった……」
「あ、あら……アイリも?」
姉妹が頬を染めてひっそりと顔を見合わせるのを呆然と一瞥したエミリアは、すぐに咳払いして断言する。
「そういう話じゃないの。養子はあくまで養子、理想的な関係です。例えば……そうね、魔物に攫われたカミューさんを、マイクロトフさんとその養子が力を合わせて奪回するとか……」
「えーっ、健全そのものじゃないですかー」
即座に入ったブーイング。ニナをちらりと睨んでエミリアは続けた。
「────悪かったわね。そこまで言うなら、ニナちゃん……ネタ出しお願い出来るかしら?」
「ネタ出し……」
ニナははたと考え込んだ。人様の妄想を歪めて広げることは得意とする少女だが、現実にネタを提供したことはこれまで皆無なのである。一同の中心たる存在が日頃如何なる妄想を抱いているのか、それは乙女たちの興味の的でもあった。
「ええと、リィナさんは連載が終わってないから……エミリアさん用かあ……それじゃあね、いっそ世界観を覆してみたらどうでしょう?」
「それって……パラレルってこと?」
「パラレルは好みが割れるわ……知識や想像力が要るし、当然筆力だって…………」
「そうそう、資料見つけるだけでも大変だよな」
「資料集めはお任せあれ」
ニナは胸を張った。
「それ以前に、知識や想像力は勢いで補えますって! 筆力だって大丈夫、何とかなりますよ。騎士の方々も新たな二人の姿に魅了されること請け合い!」
「そういうものかしら……」
エミリアは正直、異世界ものの話を書く予定も自信もなかった。しかし、あまりに強気で根拠のない二ナの激励ではあるが多少心を動かされなくもなかった。
「それで? 例えばどんな話を考えているんだよ?」
アイリが問うと、ここぞとばかりに少女は身を乗り出した。
「えーとね、まず舞台は何処かの王国、由緒正しい貴族の家にカミューさんが誕生します」
「ふむふむ」
「お坊ちゃまなのね」
「その家は代々王家に仕える名門、しかし生まれたカミューさんを見て父親は激怒。王家に仕える騎士は女性と古くから決められていたからです。そこで父親はカミューさんを女の子として育てることにするわけです」
「………………初っ端から女装ネタ……?」
「ますます……何というか……」
不服そうに小声で呟く仲間たちであるが、すでに語りに陶酔している少女の耳には入らない。
「いつしかカミューさんは近衛隊を率いる女装の美青年騎士となるのですが、彼には幼馴染みのマイクロトフさんが密かに想いを寄せていました」
「なあ…………まさかマイクロトフさんも女装して近衛兵って言わないよな?」
恐る恐るアイリが問うが、ニナは潔くその疑問を無視した。
「女姿に身をやつしながらも凛々しく美しい青年を、ひたすら見守り続ける誠実の人・マイクロトフさん」
「……何だか真性くさいわねえ……」
「見守り続けるマイクロトフさんって、ちょっとキャラが違うような気がするわ……」
「そして時代は変わり、王国は革命の動乱へ! 激動の中で結ばれる純愛! ああ、大河浪漫ですよ〜〜!!!」
「女装に真性……駄目だな」
「そうね……騎士の皆さんは『女性もどき』カミューさんじゃなくて、『同じ男なのに惜しい、高嶺の花』のカミューさんを求めているのよ。やっぱり個人的には女装は却下だわ」
「…………考えれば考えるほど真性軍団ね、マチルダ騎士団……」
ひっそりと締め括ったリィナの言に、一同は沈黙した。
「駄目か〜〜それじゃあね、こういうのはどう?」
速攻で立ち直った少女が再び切り出す。
「カミューさんはグラスランドの孤児。ある日、とあるマチルダのお屋敷に引き取られます」
「そこの息子がマイクロトフさん?」
少女はちちち、と指先を振ると得意げにニヤリと微笑む。
「焦らないで。やっと幸せになれると思ったのも束の間、屋敷でカミューさんを待ち受けていたのは家人の兄妹の陰湿な苛めでした」
「……シュウさんあたり、当てたらぴったりね……」
「それでもカミューさんは明るく強くけなげに頑張ります。でも、終に耐え切れなくなって屋敷を抜け出して、故郷に似た草原を走って転んで泣くの。『帰りたい、グラスランドへ……』」
「な、何だか泣けてくるわね……」
「そこへ登場するのが凛々しき騎士のいでたちのマイクロトフさん!! 彼は優しい笑顔でカミューさんに語り掛けるの、『泣くんじゃない、笑った顔の方が綺麗だぞ────』」
そこで一同は吹き出した。
「だ、駄目〜〜それ、ギャグ? ギャグでしょう、ニナちゃん?!」
「ひ〜〜助けてくれ〜〜死にそうだよ〜〜〜」
「────……一応、これもシリアス感動巨編なんだけど」
「マイクロトフさんはカミューさんにとって王子様となるわけね〜」
「そう! そうなんです。カミューさんは彼が落としたバッジを心の支えとして……」
「お願い、許して……お腹が痛いわ……」
必死に呼吸を整えようと仲間がのたうち回っているのを怪訝そうに見詰めるニナは、どうやら多少嗜好のツボが異なっていることに気付かないようである。だが、少なくとも自分が温めていたネタを侮辱されているらしいことだけは理解したので、凍れる声で切り出した。
「────わかりました。仰る通り助けるし、許します。しかしながら、見返りとして次なる原稿の指令を下します」
言うまでもなく、この面子の中で一番権力を持っているのは執筆陣の誰でもなく、まして年長者のエミリアでもなく、気力体力充実のニナである。そんな彼女をまずいことに嘲笑してしまった形の一同は、思わず息を飲んでしまう。滲み出る不穏の気概が少女を包み、次に彼女はゆっくりと椅子から立ち上がって仁王立ちとなった。
「アイリちゃん! 次回配本ノルマ、16ページ!!」
「ええっ? ってことは……4コマ漫画32本?! そ、そんなの無理だよ、ニナ!」
「問答無用!! 『助けて』と言ったでしょ? ノルマを課すことも編集人の助力のひとつよ!」
強引過ぎるこじつけだが、もう彼女を止められるものはいない。そうした点ではニナは某青騎士団長に酷似しているのである。
「リィナさんは、予定通り連載をお願いします」
────これは、彼女が衝撃のあまり、然したる反応を見せる暇もなかったことが幸いしたらしい。
「そしてエミリアさん────」
最後に少女は常に最もページを取る小説書きに向かって断罪した。
「……今度の本では鬼畜エロを必須とします、ノルマは最低50ページでよろしく」
「…………………………〜〜〜〜!!!」
「カミューさんのお相手は一応自由としますけど、読者の赤騎士Nさんあたりのリクエストでは赤騎士団副長が有力候補に上がってます、ご参考までに。では、次の締め切りは月末ですので、個々計画的に準備の程を! 以上、解散!!!」

 

 

最後には騎士団並みの明瞭完結な指示を下し、ニナは颯爽と部屋を出て行った。残された面子は呆然と顔を見合わせ、それから涙に濡れ始めた。
「……無理だよ、ひどい……今月中に……32本…………」
「鬼畜? 副長さん×カミューさん……? エロ……と言ったの……?」
「アイリ、わたしもネタを考えるから……エミリアさんもしっかりなさって。取材に行かれるなら、ご一緒しますから……」
優しく慰めるリィナの声も二人には届かない。ただ己に課せられた不幸なノルマを嘆くだけしか、今の二人に出来ることはないのである。
「えーと、えーと……ボツネタ拾い出して……あれを煮詰めて……駄目だ、全然足らないよ〜〜」
「温和に微笑みながら鬼畜? あら、萌える……って、書くのは無理よ! どう考えたって鬼畜エロなんてわたしには無理よ〜〜」
「だ、大丈夫……いざとなったら淫獣でも復活させちゃいましょう? ね、泣かないで……二人とも……」

 

 

当初の悩みよりも重く厳しい十字架を背負ってしまった乙女が二人。
されど、時は無情に締め切りへの歩みを開始したのである。
彼女たちが今回のノルマを果たせるか。
それはただ、煩悩の神が降臨するか否かにかかっている────

 


パラレル出典はお分かりですね?
個人的には二つ目の方、読んでみたいかもなんですが(笑)

幻水外伝にて、
エミリア女史がニナに「…………小娘」と呟く
眼鏡キラ〜ンなシーンに笑ったのですが、
うちでは完全に負けてますな。
何故こんなにニナが権勢を振るっているか。

答え:ユニット創設者だから。

……ただ、それだけ(笑)
そして今回のニナのモデルはサブちゃん、君だよ……。

相模様、こんなもんで許されますか?

 

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