制作者(webmaster)
野嵜健秀(Takehide Nozaki)
初出
「闇黒日記」平成二十二年九月二十一日
公開
2010-11-26

「リッチ」なウェブとやら

ウェブのコンテンツがどんどんどんどん「リッチ」になつて行く。それを何處か隅つこの邊から見てゐる私。

HTMLは本來簡單なもので、誰でも「パブリッシング」出來るやうにと開發された。見出しと本文を明示し、あと必要ならところどころにリンクを張る、そんな程度のマーク附けで、短時間で作れた。HTMLとはさう云ふものなのだ、と云ふ觀念が、もし假に、一般に普及してゐたとしたら、今頃何うなつてゐただらう、そんな風に空想する事が未だにある。ウェブは地味なまゝだつたらう――けれども、企業は今ほどウェブに御金をかけずに濟んでゐた筈なのだ。

Netscapeがへんなタグを導入してHTMLを混亂させた事も、それがウェブのコミュニティで盛に非難された事も、全てがなつかしいエピソードとして過去の歴史の中に埋沒しつゝある。さうしたネスケ方言的な一群のタグは、現實には採用されなかつたけれども、しかしそれらは或種の「リッチなウェブ」を示唆してゐたのだつた。結局、我々はネスケの示した方向に、勢ひよく流れてしまひつゝある。見た目の制御にはスタイルシートが使はれるべきだと主張され、文書の骨組みを記述する要素だけが殘る事も考へられたが、「意味を表はす要素」が提唱され、標準化と整理を經てHTML5に結實した。そこでは矢張りNetscape由來のJavaScriptが大きな役割を果たす事になるが、何れにせよウェブサイトの重武裝化は豫告されたものだつた。

斯うした「リッチなコンテンツ」は、しかしプログラマとデザイナの手になるものでなければならなくなつた。未經驗の素人にとつて、複雜なウェブは既に手に餘るものである。企業も自社サイトの複雜化を望むやうになつた。けれども、さうなると、ウェブはとても高くつく事になる。それでゐてウェブサイトは依然として企業に殆ど利益を齎さないのだ。儲かるのはウェブサイト制作會社で、「リッチなコンテンツ」はプログラマとデザイナに仕事を與へただけだつた。しかしもともとのウェブの理念は、專門家から「パブリッシング」を素人に開放する事にあつたのではなかつたか。

御客を呼べるウェブサイトの理論やSEOの理論……今や常識と化した樣々なアイデア……より派手な見た目で人目を引けるウェブサイト……よりキャッチーな文言で有效に客引きに使へるウェブサイト。けれども、御金儲け主義の觀點から言出された理論や技術が、結局は企業に利益を齎さず、ウェブサイト制作會社だけを潤してゐる。個人は「ブログ」サーヴィス等の利用に走つてゐる。ありとあらゆるウェブサーヴィスが「消費せよ」とユーザに要求してゐる。プログラマやデザイナは次々と新しいサーヴィスを開發してゐる。消費すべきサーヴィスは加速度的に増えてゐるやうにすら感じられる。私は今のウェブに何か奇妙な閉塞感を覺える。