城を発ってから、ずっと考えてることがある。

『どうすれば強くなれるのか』

そのためなら、方法を選んではいられない。
やっぱり『レベルアップ』していくしか無いんだろうか、と。


ネズミのトーポが、慌てたように僕の服のポケットに飛び込んできたのと、ヤンガスさんに呼びかけられたのが、ほとんど同時だった。
それで、僕の思考は一時中断される。
「こんなところで油を売ってると、すぐに日が暮れちまうでげす。はやいとこ、町にいきましょうや!」
確かに、今日こそは夜になる前に、町に入りたい。
もう何日も、王様と姫様は、まともな食事やきちんとした場所での睡眠を摂っていない。
「さあ、兄貴!」
促されるままに、座っていた切り株から立ち上がり、王様とヤンガスさんの方へ行く。
「ホント、何度も言うようでがすが、兄貴がこの、おかしなおっさんの家来なんてねぇ。まっ、アッシにしたところで、兄貴の子分になったわけっすから、人のことは言えんでがすが……」
「だれが、おかしなおっさんじゃ!? まあ、よいわ! 下賎の者には、わしの気高さなと、とうていわからぬということじゃな」
トロデ王様は、城から杖を盗み出したドルマゲスという道化師の呪いのせいで、全身緑色の魔物のような姿に変えられてしまった。
王様だけじゃない。
あの美しかった城も、そこで働いていた人達も、みんな無残な姿に変えられてしまった。
そして、姫様も……。

「そんなことより、エイト。姫はどうした? 姫の姿が見えぬようじゃが……」
そういえば、いつの間にか姫様の姿が見当たらない。自分の考えに気を取られて、王様に言われるまで気がつかなかった。
辺りを見回してみるけど、やっぱり姫様の姿は見えない。
どうしよう、もしこれ以上、姫様の身に良くないことが起こったら……。

草が動く音がした。何かがこちらに向かってくる気配がある。
「姫様?」
そう呼びかけた後で、すぐに違うと気づく。
姫様は、こんなに騒がしく草を揺らして歩いたりしない。

茂みから、青い固まりが三つ飛び出してきた。
魔物だ!

「むっ! 兄貴!」
ヤンガスさんが、すかさずこんぼうを取り出し、魔物の方へ駆け出す。
僕も同じように剣を抜いて、それに続いた。
まずは、王様を魔物から引き離さないと。

魔物は、『スライム』と呼ばれる種族で、人間の頭ぐらいの大きさだ。
ぷにぷにした身体で体当たりしてくるけど、大して痛みも感じない。
こちらからは、決して手出しはしない。スライムが疲れて諦めるまで、ひたすら防御してやり過ごす。
幸いにも、割合早く魔物の群れは逃げ出してくれた。
王様にもケガは無いようで、まずは一安心だ。
「そんなことより、姫じゃ! わしの可愛い、ひとり娘のミーティア姫は無事か!?」
再び王様が姫様を捜し始めてすぐ、ゆったりとした蹄の音が聞こえてきた。
「おお! あれにおったか!? 姫! ミーティア姫!」
王様が駆け寄った先にいるのは、確かにミーティア姫様だった。
だけどその姿は、どこから見ても白馬にしか見えない。
穏やかな澄んだ瞳と、漂う高貴な雰囲気の中に面影が残っている分、余計に痛々しさが募る。
やっぱり、うまくドルマゲスを見つけることが出来たとしても、王様や姫様をこんなひどい目に遇わせたヤツが、おとなしくこちらの言うことを聞いてくれるなんて思えない。
力ずくで説得しなければならないとしたら、普通の人間の力でなんてきっと無理だ。

「さて、馬姫さまもおもどりだし……。日が暮れぬうちに、そろそろ出発したほうが、いいでげすよ」
ヤンガスさんの言う通り、空が赤く染まり始めていた。
だけど町へ向かう前に、これはハッキリさせておかないといけないと思う。
「ねえ、ヤンガスさんはまだ魔物を倒したことは無いんだよね?」
「急にどうしたんでがすか? 確かにアッシは、まだ魔物を倒したことはありやせん。盗賊稼業には腕っ節も必要でがすが、町の外に出るたんびに魔物に襲われてたんじゃあ、商売あがったりでさあ」
「そうだよね……」

強くなりたいと望むなら、地道な訓練を積むよりも手っ取り早い方法がある。
それは魔物と戦って倒すことだ。
魔物っていうのは、肉体のある生き物じゃなくて、意志を持った『力』の集合体だ。
それが生命力を完全に失うことで結合を解かれる。その時に拡散する『力』を、自分の中に取り込んでいくことで人間は『レベルアップ』していける。
腕力も強くなり、体力も上がり、身体も頑丈になる。資質があれば魔法だって使えるようになる。

だけど当然、いいことばかりじゃない。
一度でも魔物を倒した人間は、魔物を引き付ける体質に変わってしまう。
襲ってくる魔物の凶暴性も増して、さっきみたいに向こうから逃げてくれることなんて、ほとんど無くなる。
倒した魔物の呪いだとか、吸収した『力』が魔物を引き付けるんだとか、魔物同士は一つの意志で繋がっていて敵討ちの為に襲ってくるんだとか、いろんな説があるけど、それを解消する方法は今のところ発見されてない。

「ヤンガスさん、僕、魔物を倒してレベルアップしようと思う。いや、レベルアップしていくって決めたんだ。だけどそれに、ヤンガスさんを巻き込めないよ。やっぱりここで……」
「さすがは、兄貴だ!」
『ここで別れよう』って言おうと思ったのに、最後まで言えなかった。
「ギリギリの所で自分を磨いて強くなっていくなんて、男のロマンじゃねぇでがすか。アッシも負けちゃあいられねえ。ぜひ一緒にレベルアップさせていただくでげす」
「だ、だめだよ! さっきヤンガスさんも言ってたじゃないか。レベルアップするってことは、町の外に出る度に魔物に襲われるような身体になっちゃうってことなんだよ?」
「すいやせん、兄貴。アッシはもう足を洗ったってぇのに、『商売あがったり』なんて言っちまって、まだ盗賊気分が抜けてなかったようでがす。まったく面目ねえ。どうか、ここで別れるなんて言わねぇでくだせえ。それとも兄貴は、アッシみたいな山賊上がりが一緒にいるのは迷惑でがすか?」
「迷惑だなんて! そんなことないよ。ヤンガスさんがいてくれると、とっても助かる」
街道での水場の見つけ方や野営の仕方も、僕よりずっと詳しいし、さっき魔物が襲ってきた時だって、ヤンガスさんが冷静に反応してくれたおかげで、無事にやり過ごせた。
「一人で魔物と戦うのはやっぱり不安だし、ヤンガスさんが一緒にレベルアップしてくれるなら、すごく心強いよ。でもそれじゃあ、僕ばっかりが嬉しいじゃないか。そんなのダメだよ」
「兄貴。兄貴は本当に優しいお人でがすなあ。アッシは今まで自分がいることで『嬉しい』なんて言われたことはないでがす。そんな風に思ってくれる兄貴のお役に立てるなら、アッシの方こそ嬉しいでがすよ」
『嬉しい』なんて言われたことが無いという、あんまり悲しいことをサラッと言われて、胸が詰まりそうになった。

『エイトと会えて嬉しいわ』『エイトとお友達になれて嬉しい』『ずっとそばにいてね。エイトといると楽しいの』
子供の頃から、歌うように弾む声で何度もそう言ってもらえて、それで僕は、自分がここに居てもいい存在なんだって思えるようになったんだってことを思い出す。

「……ヤンガスさん。僕は、どんなことをしても、姫様や王様をお助けしたいんだ。だから、どんな時でもお二方のことが優先になっちゃうと思う。それでもいいなら、一緒に来て助けてほしい。そうしてくれたら、僕はすごく嬉しいよ」
恥ずかしいくらいドキドキしてる。
僕は今までずっと、他人に迷惑かけないように、疎まれないようにしようって考えて、出来るだけ誰かを頼ったりしないようにしてきたから。
でもそれって、一種の責任逃れだったのかもしれない。
誰かに何かを頼むことが、こんなに勇気が要ることだなんて知らなかった。

「まかせてくだせえ! 兄貴にそう言ってもらえて、このヤンガス、男冥利に尽きるでがすよ。きっとご期待に答えてみせやすぜ!」
自分は後回しにされるんだって言われてるのに、ヤンガスさんはこんなにもアッサリとそれを受け入れてくれた。
「ありがとう。……僕、ヤンガスさんに会えて本当に良かった」
「それはアッシの方でげす。……それにしても、兄貴。いい加減『ヤンガスさん』はやめてくだせえ。気楽に『ヤンガス』と呼んでほしいと、何度も言ってるじゃありやせんか。それが言いにくいなら『ヤッくん』とか『ヤンちゃん』とかでもいいでがすよ」
……『ヤッくん』とか『ヤンちゃん』なんて呼び方してる人でもいるんだろうか? 悪いけど、すごく似合わないんだけど……。
「わかったよ、ヤンガス。だから、僕のことを『兄貴』って呼ぶのも、そろそろやめてくれないかな? 誰が見ても逆にしか見えないと思うし、どうにも落ちつかないんだけど」
「何を言ってるでげすか。アッシは兄貴の人間の大きさに感服して子分になったんでがすから、他人が何と言おうと兄貴は兄貴でがすよ。兄貴はデンと構えてくれればいいでがす」
う〜んと。……何がいいのかわからないけど、ヤンガスが僕を『兄貴』と呼ぶのをやめてくれるつもりは無いらしいのはわかった。

まあいいか。あんまり細かいことを気にするのはやめよう。きっとこれから先、そんなヒマは無いだろうし。
僕はきっと戦うことだけじゃなく、いろんなことに関して『レベルアップ』していかなきゃいけないんだから。

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