| 「あの花を咲かせたら」 | |||
| 岩田 ちょっと頑固な爺さん。 | |||
| 市川 元気で少し抜けた女性。市役所勤務。 | |||
| 1 | 市川 | こんにちはー。 | |
| (しばし待つが返事が無い) | |||
| 2 | 市川 | あれ? 居ないのかなぁ。こんにちはー! 岩田さーん! | |
| (ガラッと勢いよく引き戸の玄関が開く) | |||
| 3 | 岩田 | うるさいわ!なんじゃ? | |
| 4 | 市川 | わわ! す、すみません。 あの、私は府中市役所からやって参りました、都市整備開発課の市川と申します。 | |
| 5 | 岩田 | なんじゃまたか……帰れ帰れ。お前らの話なんぞ聞きたくない。 | |
| 6 | 市川 | ちょっと待ってください! せめてお話だけでも。 | |
| 7 | 岩田 | 何度も言ったが、この土地は渡さんぞ。 | |
| 8 | 市川 | あ、あの、ですから! もちろん移転費用等の補償も有りますし、土地の用途のご説明も……。 | |
| 9 | 岩田 | そんなもん知っとるわ! ここらへんの家を潰して道路にするんじゃろ? わしゃ車なんか乗らんから、関係ないって言っておるだろうが。 | |
| 10 | 市川 | で、ですが、詳しいご説明を聞いて頂けないかと……。 | |
| 11 | 岩田 | わしは忙しいんじゃ。もう帰ってくれ! | |
| (ガラっと勢い良く引き戸が閉まる) | |||
| (翌日) | |||
| 12 | 市川 | こんにちはー! 岩田さーん! | |
| (しばし待つが返事が無い) | |||
| 13 | 市川 | ……岩田さーん! いらっしゃいますかー? | |
| 14 | 市川 | あれぇ? 今日はほんとに居ないのかしら? | |
| 15 | 市川 | 庭の方かなぁ? 岩田さ……あれ? | |
| (庭の奥にある木の前に何か話しかけている岩田) | |||
| 16 | 岩田 | はあ、今年もこいつは元気が無いのぅ。今まで粘ってきたが、そろそろこの家も追い出されるかもしれんしなぁ。 | |
| (市川の視線に気づく) | |||
| 17 | 岩田 | おや? あんた、市役所の…… | |
| 18 | 市川 | お、お邪魔してます。市川です! | |
| 19 | 岩田 | 今度は庭で水道管工事でもやる気か? とっとと出てけ! | |
| 20 | 市川 | あ、あ、いえ……岩田さんを探してたんです! そ、そしたらその木に話掛けている岩田さんがいらっしゃんたんですが、何か元気なさそうだったので……。 | |
| 21 | 岩田 | かっこ悪いところを見られてしもうたな。 何度も言うが、話を聞く気はないぞ。 | |
| 22 | 市川 | はい……あ、あのその木は? | |
| 23 | 岩田 | ああ、これか? これは……わしの生きがいじゃよ。 | |
| 24 | 市川 | じゃあ、岩田さんはこの木を守るために? | |
| 25 | 岩田 | はは……まあ、そういうことじゃよ。 | |
| 26 | 市川 | でも、この木あんまり元気そうに見えないですけど。 | |
| 27 | 岩田 | そうじゃな、かれこれ何年も花を咲かせてくれないんじゃよ。かれこれ5年になるかのう。 | |
| 28 | 市川 | 5年も……し、失礼ですがもう難しいんじゃないでしょうか? | |
| 29 | 岩田 | ま、わしもそう思っておるんじゃがな。だが、こいつが咲いてくれんことには死んでも死にきれん。 | |
| 30 | 市川 | 何か、大事な思い出でも? | |
| 31 | 岩田 | この家を建てた時に、妻と一緒に植えた木なんじゃよ。毎年赤くて綺麗な梅の花を咲かせてくれ、わしらも楽しみにしておった。 | |
| 32 | 市川 | これ、梅の木なんですかぁ。 | |
| 33 | 岩田 | ああ、元気だったら今頃たくさん花が咲いてるはずなんじゃがな……。 | |
| 34 | 市川 | わぁ、見たかったなぁ。 | |
| 35 | 岩田 | そうじゃな。妻が死ぬ半年前から、よくそんな事を言っておったわ。 「わたしももう長くないけど、最後にあの花が咲いてる所が見たい」ってな。 | |
| 36 | 市川 | それは、奥さんは見られたんですか? | |
| 37 | 岩田 | いや、結局見れないまま逝ってしまったよ。わしなりに頑張ったつもりじゃったが……。 | |
| 38 | 市川 | それは……残念でしたね。 | |
| 39 | 岩田 | それが悔しくてな、せめてもう一度咲いてる所が見たいと思っておるんじゃよ。 | |
| 40 | 市川 | そうでしたか……それじゃあ立ち退きなんかしたくないですよね。 ……でも、なんでお話してくれたんですか? | |
| 41 | 岩田 | ん、それは……あんたが素直に聞いてくれたからじゃよ。 | |
| 42 | 市川 | え? | |
| 43 | 岩田 | あんたの前任者の男はな、わしがこの木を眺めてるのを見て……「こんな枯木があると危ないから、さっさと土地売って引っ越しましょう」とか抜かしおってな。 | |
| 44 | 市川 | す、すみません……。 | |
| 45 | 岩田 | 何、あんたが謝ることじゃなかろう。 | |
| 46 | 市川 | あ、でも、その前任者ってうちの……課長なんです。だからその―― | |
| 47 | 岩田 | はっはっは。部下に謝らせる上司とは、ますますどうしようも無い男じゃな。 | |
| 48 | 市川 | は、はい。あんまり良い上司じゃないです! | |
| 49 | 岩田 | ……あんた、素直なのは良いが言葉に気を付けるんじゃよ。 | |
| (翌日) | |||
| 50 | 岩田 | おい! あんた何してるんじゃ? | |
| 51 | 市川 | あ、お早う御座います! ちょっとこの木に水をやりに来たんですよ。 | |
| 52 | 岩田 | なんじゃなんじゃ、そんなにわしを立ち退かせたいのか? | |
| 53 | 市川 | あ! いえそんなつもりじゃないですけど。お話聞いて貰えるかなって思いまして。 | |
| 54 | 岩田 | 水やりくらいじゃ、わしは耳を貸さんぞ? | |
| 55 | 市川 | いえいえ、そんなつもりじゃないですよ。この花が咲いたら、で良いんですよ。 | |
| 56 | 岩田 | はぁ、そんな上手くいかんよ。 | |
| 57 | 市川 | それに、私もこの花が咲いてるところみたいですし。岩田さんがとっても大事にしてるんですから、きっと綺麗なんでしょうね。 | |
| 58 | 岩田 | ……ま、好きにしなさい。 | |
| (一週間後) | |||
| 59 | 市川 | お早う御座います! | |
| 60 | 岩田 | ああ、おはよう。な、なんじゃそのでっかい袋は? | |
| 61 | 市川 | あ、これはですね! 肥料です。梅の木に効果があるらしいですよ! | |
| 62 | 岩田 | 肥料くらいわしもやったわ。そんな一朝一夕で咲いたらわしも苦労せんわ。 | |
| 63 | 市川 | あ、でも……今日は車でたくさん持ってきましたから! | |
| 64 | 岩田 | たくさんって、そんな事に税金使うな! | |
| 65 | 市川 | あ、す、すみません! 肥料は知り合いから安く譲ってもらったんですよ。 | |
| 66 | 岩田 | 安くも何も勝手に……。 | |
| 67 | 市川 | あ、ちなみに私のポケットマネーですから、安心して下さい。車は余ってるのを借りてきちゃいましたけど。 | |
| 68 | 岩田 | てことは、あんた自腹か? | |
| 69 | 市川 | はい! | |
| 70 | 岩田 | な、何もそこまでせんでも。 | |
| 71 | 市川 | いえいえ、私もこうなって来ると意地になってきましたから! | |
| 72 | 岩田 | はぁ……そ、そうかい。まあ、ほどほどにな。 | |
| (さらに一週間後) | |||
| 73 | 市川 | い、岩田さん! ちょっとちょっと! | |
| 74 | 岩田 | どうしたー? | |
| 75 | 市川 | 咲きましたよ! ほら! | |
| 76 | 岩田 | なんじゃなんじゃ、朝っぱらから騒々しい。 | |
| 77 | 市川 | でも! でも! 咲いたんですよ! | |
| 78 | 岩田 | 咲いた? | |
| 79 | 市川 | そうですよ。梅の花が咲いたんです! | |
| 80 | 岩田 | ど、どこじゃ!? | |
| 81 | 市川 | ほ、ほら! あっちの枝の先に。 | |
| 82 | 岩田 | んー? 最近目が悪くなってどこだか……。 | |
| 83 | 市川 | えと、右の方の上の方の奥の方の…… | |
| 84 | 岩田 | いや、それじゃよく分からん……ああ!! | |
| 85 | 市川 | ほらね! | |
| 86 | 岩田 | おおお……咲いておる! 立派な梅の花じゃ! | |
| 87 | 市川 | 一つだけですけど、咲きましたね。 | |
| 88 | 岩田 | そうじゃなあ……ホント綺麗に咲いてくれたわ。 | |
| 89 | 市川 | 綺麗ですね。昨日まで蕾があったのに気づかなかったんですけど、ホント良かったです。 | |
| 90 | 岩田 | あんた、よく頑張ってくれたなぁ。 | |
| 91 | 市川 | いえ、私なんかちょっと手をお貸ししただけです。今までずっと岩田さんが面倒見てきたからですよ。 | |
| 92 | 岩田 | そ、そうかのう? | |
| 93 | 市川 | そうですよ! | |
| 94 | 岩田 | ……あんた、市川さんとか言ったかな。立ち退きについてのお話、詳しく聞かせてくれんか? | |
| 95 | 市川 | え? | |
| 96 | 岩田 | 言ったじゃろ? この花が咲いたら話を聞く、とな。 | |
| 97 | 市川 | あ、有難う御座います! すぐに資料取ってくるので、待ってて下さいね! | |
| (車を止めてある駐車場に市川が走っていく) | |||
| 98 | 岩田 | ……そんなに頑張っている姿を見たら、私じゃなくてあなたの為に咲いてあげてくれないかと思ったわ……なんてお前は言ってたなあ。 あんときは、わしはその意味がよく分からんかったが、自分が同じような立場に立つとよーく分かる。 | |
| 99 | 岩田 | ……ま、こんな安物の造花であんなに喜んでくれるなら安いものじゃな。 | |
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