イントロダクションのこつ
- イ ントロ折り紙に挑戦 -

酒井 聡樹(東北大学大学院理学研究科生物学教室)

1999.1.20. ver. 1.0.2 since 1998.8.28

若手研究者のお経


「これから論文を書く若者のために」では、「1. 何をやるのか」「2. どうしてやるのか」を明確にすることがイントロダクションの使命だと述べた。ではどう書けばこれらが明確になるのであろうか?本稿では、イントロダクショ ンの骨子を作るためのこつを紹介しよう。なお、以下で紹介するのはこつの一つであり、これが全てというわけではない(たぶん)。
 実際のイントロダクションでは、「2. どうしてやるのか」を述べ、それゆえ「1. 何をやるのか」を説明するという流れが普通である。しかし、これから論文を書こうという若者には、この流れ通りにイントロダクションの骨子を考えるのは けっこう難しいであろう。「2. どうしてやるのか」が整理できていなかったり、そもそも考えていなかったりするからである。しかし、「1. 何をやるのか」(何をやったか)はちゃんと説明できるであろう(これも説明できない人はおうちに帰ろうね)。だから、「1. 何をやったか」を起点として、逆順に遡って骨子を錬るのがこつである(ここで言う「起点」を、起承転結の「起」と混同しないで欲しい)。
 「これから論文を書く若者のために」で取り上げた例に基づいて 説明していこう。カーターは、種子の大きさと花びらの大きさの関係について仮説をたて、ヤマユリを用いてその仮説を検証した。これが、「何をやったか」で ある。

 

起点「何をやったか」:種子と花びらの大きさの関係についての仮説検証。

 

次に、「どういう現象を見て」これを調べようと思ったのかを考える。それは、種子の大きさに個体間でばらつきがあることであった。これを起点の上に 置く。

 

「どういう現象を見て」:種子の大きさに個体間でばらつきがある。

起点「何をやったか」:種子と花びらの大きさの関係についての仮説検証。

 

そして、「なぜその現象が問題なのか」(不思議なのか・疑問なのか・重要なのか)を考える。理論的には、種子の大きさは個体間でばらつかないはずだ からである。これをさらに上に置く。

 

「なぜその現象が問題なのか」:理論的には、種子の大きさは個体間でばらつかないはず。

「どういう現象を見て」:種子の大きさに個体間でばらつきがある。

起点「何をやったか」:種子と花びらの大きさの関係についての仮説検証。

 

これで上への流れはおしまいである。次に起点「何をやったか」に立ち戻り、「どういう着眼で」それをやったのか思い起こす。花びらの大きさは昆虫の 訪花頻度に関係するので、種子の数・大きさにも影響するであろうと着眼したからであった。これを起点の下に置く。

 

「なぜその現象が問題なのか」:理論的には、種子の大きさは個体間でばらつかないはず。

「どういう現象を見て」:種子の大きさに個体間でばらつきがある。

起点「何をやったか」:種子と花びらの大きさの関係についての仮説検証。

「どういう着眼で」:花びらの大きさは、昆虫の訪花頻度を介して種子の大きさにも影響。

 

「どういう着眼で」が言わずもがなのことである場合には省略した方がよい。これで必要なものは揃った。最後に、一番上の矢印と一番下の矢印のところ で折って順序を入れ替え、以下のような順番にする。

 

「どういう現象を見て」:種子の大きさに個体間でばらつきがある。
「なぜその現象が問題なのか」:理論的には、種子の大きさは個体間でばらつかないはず。
「どういう着眼で」:花びらの大きさは、昆虫の訪花頻度を介して種子の大きさにも影響。
起点「何をやったか」:種子と花びらの大きさの関係についての仮説検証。

 

ただし、一番上の矢印のところで折るかどうかは場合により、以下の順番でも構わない(「これから論文を書く若者のために」の例では以下を採用している)。

 
「なぜその現象が問題なのか」:理論的には、種子の大きさは個体間でばらつかないはず。
「どういう現象を見て」:種子の大きさに個体間でばらつきがある。
「どういう着眼で」:花びらの大きさは、昆虫の訪花頻度を介して種子の大きさにも影響。
起点「何をやったか」:種子と花びらの大きさの関係についての仮説検証。
 

これで骨子は出来上がりである。

 

出来上がり 1

・種子の大きさに個体間でばらつきがある。
・しかし理論的には、種子の大きさは個体間でばらつかないはずである。
・花びらの大きさは、昆虫の訪花頻度を介して種子の大きさにも影響するであろう。
・そこで、種子と花びらの大きさの関係について仮説をたて検証する。

 

出来上がり 2
・理論的には、種子の大きさは個体間でばらつかない。
・しかし現実には、種子の大きさに個体間でばらつきがある。
・花びらの大きさは、昆虫の訪花頻度を介して種子の大きさにも影響するであろう。
・そこで、種子と花びらの大きさの関係について仮説をたて検証する。

 

あとはこれに肉付けをしていけばよい。
 慣れないうちは、「どういう現象を見て」「なぜその現象が問題なのか」「どういう着眼で」を明確にするのに苦労するかも知れない。でも途中で投げ出さず に考え抜いて欲しい。これら三点を明確にすることが、イントロダクションの論旨を明確にすることにそのままつながるのだ。
 イントロダクションの骨子の作り方をまとめておく(イントロ折り紙の作り方)。それではあなたも イントロ折り紙に挑戦してみよう!

 

両性花植物における、雌器官への資源投資比の偏りの進化

「なぜその現象が問題なのか」:理論的には、資源投資比は雌器官:雄器官 = 1:1 である。

「どういう現象を見て」:両性花植物では、雄器官と雌器官への資源投資比は雌器官に偏る。

起点「何をやったか」:花や果実の発達過程を考慮した性投資モデルを作る。

「どういう着眼で」:果実(雌器官)の時期に生産された資源は、時間を遡って花の雄しべの生産に投資できないのだから、資源投資比はどうしても雌器 官に偏るのではないか。

 

出来上がり

・「どういう現象を見て」:両性花植物では、雄器官と雌器官への資源投資比は雌器官に偏る。
・「なぜその現象が問題なのか」:しかし理論的には、資源投資比は雌器官:雄器官 = 1:1 である。
・「どういう着眼で」:果実(雌器官)の時期に生産された資源は、時間を遡って花の雄しべの生産に投資できないのだから、資源投資比はどうしても雌器官に 偏るのではないか。
・「何をやったか」:花や果実の発達過程を考慮した性投資モデルを作る。

 

同一林内の同一樹種において、開葉時期はなぜばらつくのか?

「なぜその現象が問題なのか」:理論的には、ある最適な時期に全個体が一斉に開葉するはずである。

「どういう現象を見て」:同一林内の同一樹種において、開葉時期がばらついている。

起点「何をやったか」:開葉時期をめぐる個体間の競争の結果、開葉時期のずれが起きているという仮説を提唱する。

「どういう着眼で」:周りの個体よりも早く開葉すればたくさんの光を受けることができるので、開葉時期をめぐる個体間の競争が起きているであろう。

 

出来上がり

・「なぜその現象が問題なのか」:同一林内の同一樹種においては、ある最適な時期に全個体が一斉に開葉することが理論的に予測される。
・「どういう現象を見て」:しかし現実には、開葉時期が個体間でばらついている。
・「どういう着眼で」:周りの個体よりも早く開葉すればたくさんの光を受けることができるので、開葉時期をめぐる個体間の競争が起きているであろう。
・「何をやったか」:開葉時期をめぐる個体間の競争の結果、開葉時期のずれが起きているという仮説を提唱する。

 

地崩れが起こる斜面における樹木の萌芽戦略

「なぜその現象が問題なのか」:地上部(光合成器官)に資源を投資せずに貯蔵しておくことは、光合成生産という点では不利である。

「どういう現象を見て」:一般に、萌芽する樹木は地下部に萌芽のための資源を貯蔵している。

起点「何をやったか」:地崩れが起こる斜面に生育する樹木を対象に、地下部の貯蔵量を調べる。

「どういう着眼で」:地崩れが起こる斜面に生育する樹木では、撹乱により倒されても地上部は残るので、地下部に資源を貯蔵しておく必要はないのでは ないか。

 

出来上がり

・「どういう現象を見て」:一般に、萌芽する樹木は地下部に萌芽のための資源を貯蔵している。
・「なぜその現象が問題なのか」:しかし、地上部(光合成器官)に資源を投資せずに貯蔵しておくことは、光合成生産という点では不利である。
・「どういう着眼で」:地滑りが起こる斜面に生育する樹木では、撹乱により倒されても地上部は残るので、地下部に資源を貯蔵しておく必要はないのではない か。
・「何をやったか」:地崩れが起こる斜面に生育する樹木を対象に、地下部の貯蔵量を調べる。

 

コナラ属樹木における種子の大きさの適応的意義

「なぜその現象が問題なのか」:芽生えが発芽するだけなら、こんなに大きな種子でなくてもいいように思える。

「どういう現象を見て」:コナラ属樹木の種子(どんぐり)は大きい。

起点「何をやったか」:種子の大きさと、芽生えが食害を受けたときの萌芽力の関係を見る。

「どういう着眼で」:芽生えが食害を受けたときに萌芽するための貯蔵資源なのではないか。

 

出来上がり

・「どういう現象を見て」:コナラ属樹木の種子(どんぐり)は大きい。
・「なぜその現象が問題なのか」:しかし、芽生えが発芽するだけなら、こんなに大きな種子でなくてもいいように思える。
・「どういう着眼で」:芽生えが食害を受けたときに萌芽するための貯蔵資源なのではないか。
・「何をやったか」:種子の大きさと、芽生えが食害を受けたときの萌芽力の関係を見る。

 

高二酸化炭素濃度が植物の物質生産に及ぼす影響

「なぜその現象が問題なのか」:農作物の生産量に与える影響が心配。

「どういう現象を見て」:100 年後には、二酸化炭素濃度は今の二倍になる。

起点「何をやったか」:高二酸化炭素濃度で植物を育て物質生産を調べ、農作物への影響を予測する。

 

出来上がり

・「どういう現象を見て」:100 年後には、二酸化炭素濃度は今の二倍になる。
・「なぜその現象が問題なのか」:農作物の生産量に与える影響が心配である。
・「何をやったか」:高二酸化炭素濃度で植物を育て物質生産を調べ、農作物への影響を予測する。

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