尾  張  竜  泉  寺  多  宝  塔

尾張竜泉寺多宝塔

尾張名所図会(後編巻之4)に見る多宝塔

記事:「 天台宗。野田密蔵院末。
・・・伝教・弘法両大師の開基とす。・・中古より度々の兵火にかかり、天正12年長久手合戦の時、・・悉く失せ・・・慶長3年秀純和尚再興し、本堂・仁王門・多宝塔を造営したり・・・」

この図の多宝塔は仁王門入って右にある。(現多宝塔位置は仁王門左)
元多宝塔位置には現在玄関と思われるような建造物が建つ。
 全    図(左図拡大)
この図の多宝塔は元和2年(1616)<記事では慶長3年>の再建塔であろう。

(仁王門は慶長の建築で重文)

2007/06/22追加:「写真に見る明治の名古屋」より
上記「尾張名所図絵」時代と同じく仁王門向かって右に多宝塔がある。
 竜泉寺多宝塔:左図拡大図

 

2009/12/09追加:
 竜泉寺古写真2
「名古屋名所図絵」鬼頭幸七編、名古屋いとう呉服店、大正2年
 (仁王門向かって右に多宝塔が写る)

現多宝塔

元多宝塔は元和2年もしくは慶長3年の再興と云う。
しかし、元多宝塔は何らかの理由で退転し、現塔婆は明治28年再建立とする。
(江戸中期再建とする説もある。あるいは明治28年に大改造とする見解もある。)
明治再興の理由などは現在未掌握。
※現在のところ、多宝塔の経歴ははっきりしない。
一辺4.86m。軸部・組物は唐様を用いる。但し軒は平行垂木。蟇股などに派手な装飾を用いる。饅頭は板張で黒塗りとする。

尾張竜泉寺多宝塔1
  同        2
  同        3(左図拡大)
  同        4
  同        5
  同        6

 


2006年以前作成:2009/12/09更新:ホームページ日本の塔婆