遂に迎えた最終回――。
この回を抑えれば、夢の甲子園だ。
観戦に訪れたファン、応援団、後輩、そして両親が、その歓喜の瞬間を固唾をのんで見守っていた。
「しまっていこうぜっ!」
僕らは最後の守備についた。
マウンド上には、ロングリリーフの嘉戸。ここまで本当によく踏張ってきた。
4番・伊藤をセカンドゴロ。大事な先頭バッターを打ち取った。
1球1球に沸く歓声。スタンドの応援から、どれだけ勇気をもらっただろうか。
市岡高校の応援席も、最後の力を振り絞って声援を送っているのが、ひしひしと伝わってきた。
続く国重もセカンドゴロに打ち取り、これでツーアウト。
あと一人までこぎつけた。ベンチもスタンドも、みんな立ち上がっている。夢の実現はもう目の前だ。
だが、次打者の垂井にフォアボールをあたえてしまい、2死1塁。
やはり、勝利を目前にしたピッチャーのプレッシャーは相当なものなのだろう。
バッターは前の打席で2塁打を放っている田良尾。市岡も、頭が下がるくらいの執念の粘りっぷりだ。
キャッチャーの早川が、すかさずマウンドに詰め寄り、ひと息入れた。
嘉戸の疲労は、とうにピークに達しているはずだ。もはや気力だけが彼の体を動かしているようなものだ。
僕もマウンドに足を運び、嘉戸に精一杯の声をかけた。
「このバッターで切ろうぜ! 俺のとこ打たせろ!」
嘉戸が力強くうなずいた。
そして田良尾に対しても、嘉戸は気迫のこもった球を投げ込んでいったのだった。
――カウント、ツーワン。
「あと1球!」
僕は大きく息を吸い込んだ。胸の鼓動は、早鐘を打っているかのように鎮まらない。
嘉戸が最後の投球モーションに入った。
――ズバン!
渾身のストレートは、バットをかすめることなくキャッチャーミットに収まった。
「三振! 三振や!」
日生球場全体に、スタンドからの「ワアァァー」という大歓声が響き渡る。その大音声に包み込まれ、一斉にPLナインが、飛び跳ねるようにマウンドに駆け寄った。
「やった! 遂にやった!」
一瞬でできた歓喜の輪。
みんなで熱く抱き合った。
「甲子園や! 甲子園やで! やった! ……やったで……うぅぅ……」
歓喜の渦に揉みくちゃにされながら、張り詰めていたものが一気に溢れ出てきて、言葉にならない。誰もが恥ずかしさを忘れて、号泣していた。
その止めどなく流れる涙は、脳裏にフラッシュバックしてくる、これまでの苦労に起因していた。
辛いときも、めげそうなときも、ここにいる仲間と過ごしてきた。ともに苦難を乗り越えてきたという強い連帯感が、僕らの目頭を熱くさせているのだ。このメンバーで成し遂げたからこそ、意味があるのだ。
そんな思いの詰まった歓喜の輪の中は、汗と涙が美しく輝いていた。
初めて抱き合ったみんなの温もり、僕はあの感触を忘れない。
そして初めて見るみんなの涙、僕はあの感動をずっと忘れない。
試合終了――。
市岡ナインと健闘を称えあった。スタンドからは、割れんばかりの拍手が両校に送られた。
8年ぶり11回目の甲子園――。
「遂に夢が叶った!」
間違いなく今まで生きてきた中で、一番嬉しい日が今日だ。
スタンドに駆け寄り、声援に応えた。一礼した僕らに、今日一番の拍手で応援席もまた応えてくれた。
泣いていたのは僕らだけではない。
メンバーに入れなかった者、毎日僕の世話をしてくれた付き人、学校の先生方、OBの方々など、スタンドにいる多くの人たちも涙ぐんでいた。
僕らのために涙を流してくれる人たちがいるというありがたさ……。
最高の結果を残すことができたのは、みなさんの応援のおかげだと心から感謝した。
「お父さん、お母さん。僕に夢をあたえてくれてありがとう。夢に付き合ってくれてありがとう。夢を叶えたそのときに、同じ空間にいてくれて本当にありがとう……」
スタンドから必死で手を振る両親の姿を見つけた瞬間、堰を切ったように再び涙がこぼれ出し、僕の視界はたちまちぼやけていった。
みんなでつかんだ甲子園への切符――。
あとは聖地で、思う存分暴れるだけである。
人生最高の瞬間の余韻とともに、ビジョンは早くも全国制覇に向けられていた。
そう、僕らの夏はまだまだ終わらないのだ。
このWebサイトについてのご意見、ご感想は、 でお送りください。