この年のプロ野球は熱かった。
巨人の槇原寛己投手が広島戦で完全試合をしたり、オリックスのイチローさんが史上初のシーズン200本安打を達成したりと、話題に事欠かなかった。
流行語として、「イチロー効果」という言葉も生まれたほどだ。
そして、史上初の最終戦首位同率決戦で中日を倒した巨人が、日本シリーズで西武も下した。長嶋茂雄さんが、監督として初の日本一になった話題で盛り上がっていた。
その熱気も冷めやらぬ11月、またもやPL学園からプロ野球選手が誕生した。
千葉ロッテから1位指名を受けた、大村三郎さんだ。
出身は岡山県。僕と同部屋の時期があって、とても優しく接していただいた。
野球に対して大変真面目な方で、とにかく肩が異様に強かったのが印象に残っている。
ときには厳しく叱っていただくこともあったが、その言葉の一つひとつがとても勉強になった。
卒業されてから一度も会う機会がなかったので、是非ともお会いしたい。
「帰省」へのカウントダウンが始まった。
もはや寮にいても辛くはなかったが、一刻も早く両親や地元の友達に会いたかった。
この時期の練習は、年間を通して考えると一番楽だったように思う。
それは、過ごしやすい天候に加え、近畿大会を制した安堵感からきていたものだろう。
体をしぼるのは、年明けの冬の練習でいくらでもできるだろうから、「帰省」のことで頭がいっぱいになり、練習に身が入らなくなるのも仕方がなかった。
「帰省」を間近に控えた頃、3年生が退寮した。記念に全員と写真を撮った。
付き人の方、同じポジションだった方、指導員だった方、殴られた方、5周走でいつも僕とビリ争いをされていた方……次々に思い出が蘇る。
ここまで忍耐強くなったのは、間違いなく先輩方のおかげだ。一人ひとりに感謝の気持ちを伝えて見送った。
「3年間、お疲れさまでした」
12月20日、「帰省」の日がやってきた。
冬の練習に耐えるための自主トレや、八尾フレンドのOB戦、各方面にセンバツ出場の報告など、意外にやることは盛り沢山だった。
力をつけるためには体重を増やさないといけないし、頭の中は野球のことしかなかった。
気掛かりなのは、やっぱり背番号のこと。両親やいとこの兄ちゃんからも、こうあおられた。
「13番とか、つけてる場合ちゃうで。数字がでかくて、肩こるやろ。男やったら、バチンと5番とってこんかい」
どこまでも気の強い親と身内である。一番痛いところを平気で突いてくる。
そう言われれば燃える僕の性格を、まるで見透かしているかのようだった。
昨年と同様、「帰省」によって十分なリフレッシュができた。
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