『ニッポン無責任時代』['62]
『君も出世ができる』['64]
監督 古澤憲吾
監督 須川栄三

 先に観た『ニッポン無責任時代』の古澤監督の映画は、三十二年前に『日本一のホラ吹き男』['64]を観ているだけだが、初等[はじめひとし]を植木等が演じて、破格に明るくて楽天的な映画世界に感心した覚えがある。その所謂クレージー映画の原点とされる本作を観るのは初めてだが、青島幸男作詞の歌無責任一大男人生で大事な事はタイミングにC調に無責任と、主人公の平均[たいらひとし]を演じる植木等が歌う映画を観ながら、生真面目だった亡き父が、これを嫌っていたことを思い出した。さぞかし苦々しく感じていたのだろう。

 当時、この映画が大ヒットしたのは、本作のなかでもそうであるように、誰も平均の真似などできないからこそで、型を破れない自分に代わって平均が奔放大胆にかつ恬淡と会社を凌いでいく姿に快哉を挙げたのだろう。ところが、果たせぬ願望としての「人生で大事な事はタイミングにC調に無責任」という生き方を現実のものとして生きる人々が増えてくるようになると、もはやコメディとして成立しなくなる。こういう映画がもう出て来なくなっているのは、クレージーキャッツがいなくなったからというばかりではないように思った。洒落が洒落にならなくなっているからのような気がする。

 すると長年の映友がこの作品、一種のピカレスクものですもんね。タチの悪い、本物の「悪漢」が世の中の至る所に蔓延るようになってはフィクションとしての悪漢はもはや成立しないでしょう。とのコメントを寄せてくれた。同感だ。先ごろ観たばかりのわるいやつら['80]と違って、こちらは浪漫満載だった。出し抜かれた者や元の木阿弥になった者はいても、誰一人、平均の仕業によって被害を蒙った者がいない。それどころか、唖然の大団円。大したものだ。

 一度も会社勤めをしたことがなくて言うのもおこがましいが、今に至る日本の会社文化というか体質の原点が捉えられているように感じた点も興味深かった。饗応接待とコネクションが物をいう内輪主義やら、信義信用よりも忠誠が重視される感覚など、高度成長期を経て変革してきていたはずのものが近年では、すっかり先祖返りして半世紀以上前に“取り戻され”てしまっている気がする。労働組合の結成が必要だといった話が本作に登場するが、非正規雇用との分断に加担するかのような企業内組合を脱した企業横断型のユニオンの必要性を求める声が今、細々と挙がり始めているように感じながらも、潮流にはなっていないように思う。


 次に観た『君も出世ができる』は、合評会の課題作となったことから再見したもので、2019年度優秀映画観賞推進事業Uプログラムで『エノケンの頑張り戦術』(監督 中川信夫)、『ジャンケン娘』(監督 杉江敏男)、『大学の若大将』(監督 杉江敏男)とともに観て以来だから、四年ぶりになる。国立映画アーカイブによる優秀映画観賞推進事業の現在のプログラムでは、杉江監督作品が『大当り三色娘』一つに替わり、古澤監督の『ニッポン無責任時代』が加わっているから、今回の合評会課題作と同じ組み合わせになる。本作にも植木等は登場しており、クレージー映画では担えない嘆き節を見せているのだから、取り合わせとしては、このほうが気が利いているように思う。

 平均の歌う「人生で大事な事はタイミングにC調に無責任」からすれば、山川善太(フランキー堺)は、決して無責任ではなく、調子のいいところはあってもC調とまではいかない気がする。だが、タイミングというのは実に決定的だった。そして、平均のお調子者にはない愛嬌が山川には漂う。どこかシニカルな知略の働く平均を演じる植木等と脳天気なまでにシンプルで明るい山川を演じるフランキー堺の個性の違いが、よく活かされているように感じた。

 お話そのものは、前回観たときと同様に妙に性に合わないところが多々あるように感じたのだが、それは、両作に共通して色濃く窺えた“女遊びは(褒められたことではないが)男の甲斐性”の部分ではなく、決して世に出ることでもない社内昇進を“出世”として、生きる目標とし“殿の覚え目出度き”を求めているほうの封建体質だと改めて思った。


 合評会では、唯一の女性メンバーから出た、両作ともさっぱりで、『ニッポン無責任時代』など五分も経たないうちに真面目に観る気がしなくなって流し見をしてしまったとの意見が印象深い。『ニッポン無責任時代』は、社用族の屯するバー・マドリッドの場面から始まるオヤジ映画だからまだしも、チャップリンを想起させるフランキー堺の動きとちょっと洒落たタイトルバックで始まる『君も出世ができる』もそうだったのかと念押しをすると、そうだとのことで驚いた。サラリーマンの会社ものという設え自体がそもそも興味を惹かなかったのだろう。

 支持者のなかでは、『ニッポン無責任時代』派と『君も出世ができる』派とに分かれた。重きを置くのがコメディ部分か、ミュージカル部分かによる差異のような気がする。僕自身は、この二作においては優劣つけ難しと思っているので、四人のメンバーで四者四様という結果になったことが面白い。そして、『君も出世ができる』で社長(増田喜頓)の囲われ者になっているクラブのホステス紅子を演じた浜美枝が魅力的であったことについては、四人ともに異論なく、さすがは後にボンド・ガールになっただけのことはあると女性メンバーも言っていた。



*『君も出世ができる』
推薦テクスト:「やっぱり映画がえいがねぇ!」より
https://www.facebook.com/groups/826339410798977/posts/5881289691970565/
by ヤマ

'23. 7.20. DVD観賞
'23. 7.23. BS松竹東急録画



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