『潜水艦クルスクの生存者たち』(Kursk)['18]
監督 トマス・ヴィンターベア

 未見のドグマ95映画『セレブレーション』['98]が気になっているトマス・ヴィンターベア監督作は、本作の次作になるアナザーラウンド['20]のほうを先に観ているが、見せる技に長けた作り手の映画だと改めて思った。実話を基にした物語のようだが、わずかに生き残った23名の乗組員が全員見殺しにされた艦内で起こったことがどうして判るのか?と、ふと『パーフェクト・ストーム』を思い出したが、こちらについては、漁船と違って事が軍事に関わることだから、後に沈没原因を探る綿密な調査が行われたようだ。

 それにしても、非常事態に対応する救難船をアメリカの観光業者に売却して老朽化した一台に“節減”していたなどという不見識な措置には、大阪のほうで精力的に行われた“身を切る改革”の類を想起しないではいられなかった。そして、現場兵士の人命や困窮など一顧だにしない権力主義の醜怪さを見事に体現するロシア海軍の大将を演じていたマックス・フォン・シドーが圧巻で、恐れ入った。互いにファーストネームで呼び合う関係のロシア海軍准将アンドレイとイギリス海軍司令官デイヴィッド(コリン・ファース)の指揮官然とした凛々しさとは対照的な、非情で姑息な悪しき官僚体質が強烈で、彼がイギリス海軍からの救援申し出を拒んでさえいなければ、生存者が少なからず得られたはずだと思うと、何とも遣る瀬ない。他国支援への拒否回答を決定したロシア海軍責任者は、その後、どうなっているのだろう。テロップでもいいから示してほしく思った。

 この題材であれば、描き方によっては、ロシア海軍側の窮地に付け込んでロシアの原子力潜水艦に係る軍事機密を探りに来たイギリス海軍の調略に対して断腸の思いで、苦しい装備のなかで最善を尽くそうとしたロシア海軍を指揮した大将の苦悩と挫折の物語にも仕立てあげることが出来るところが重要で、劇中でもデイヴィッドがそういった情報操作に対する見立てを述べていた。それに関する実のところは、いずれともありそうな怪しい部分だが、指揮官たちの思惑が何であれ、生き残っていた23名がむざむざと殺されてしまったことに変わりはない。

 当日配布のリーフレットによれば、クルスクは兵器を常時携行することを許された数少ない艦艇の一隻で、当時、戦闘兵器を満載していたらしく、乗組員総員118名だったそうだから、95名は事故で亡くなったと言えても、23名は見殺し即ち殺されたということだ。その理由が機密保持であれ、面子であれ、兵士の命よりも重要視されるわけだ。ナチスだろうが、ロシアだろうが、旧日本軍だろうが、軍隊であれば、どこにおいてもいかにも起こりそうなことだと思う。




推薦テクスト:「シネマ・サンライズ」より
http://blog.livedoor.jp/cinemasunrise/archives/1082589566.html
by ヤマ

'23.11.29. 美術館ホール



ご意見ご感想お待ちしています。 ― ヤマ ―

<<< インデックスへ戻る >>>