『42 ~世界を変えた男~』(42)['13]
監督・脚本 ブライアン・ヘルゲランド

 野球自体はあまり好みのスポーツではないのだが、野球映画はスポーツ映画としてわりあい好きでよく観るほうだと思っていたが、知らない作品だった。当地では公開されていない映画だという気がする。

 今やメジャーのみならず、全米全球団の永久欠番となっているらしい「42番」をタイトルにするだけで意の通じるアメリカとは違うからこそ、邦題には副題が添えられているのだろうが、その変革という意味では、背番号42番のジャッキー・ロビンソン(チャドウィック・ボーズマン)以上に、黒人選手の彼をメジャー入りさせたドジャースのGM、ブランチ・リッキー(ハリソン・フォード)の立派さがよく描かれているように感じられた。劇中で言われていたように、法律に背けば時に称賛を浴びることはあっても、慣習に背けば社会から排斥されるだけだという社会観には、アメリカ社会に限った話ではない普遍性があるような気がするから、戦後間もなく、まだジム・クロウ法も廃されておらず、根深い人種差別が憚りなく罷り通っていた時代に、人気稼業の球団経営においてリッキーの取り組んだことの先進性が際立つ。

 そのうえで、誇り高く自制心に乏しいジャッキーに対してやり返す勇気ではなく、やりかえさない勇気を求めたリッキーが、彼自身は経験したことのない厳しい差別に晒されながら挫けないジャッキーの“己と闘い続ける姿”から影響を受けて、所期の心構えを上回る覚悟と実践を果たしていく力を得ていることが窺える描出になっていたところに感心した。だから、最後に再び野球を愛せるようになったことへの礼を彼がジャッキーに対して述べる場面に唐突感がなくて、感慨深かったのだと思う。

 また、ジャッキーの妻レイチェル(ニコール・ベハーリー)の存在の大きさについても、程のいい描き方がされていて納得感があったように思う。なかなかいい脚本だ。そして、弱音を吐きかけたジャッキーに対してリッキーが、野球好きの白人少年が黒人のジャッキーの真似をしてバットを振っていることを教えて奮い立たせる場面が印象深く残っている。

 役者としては、敵役としてジャッキーに罵詈雑言を浴びせ掛けるフィラデルフィア・フィリーズの監督ベン・チャップマンを演じたアラン・テュディックの実に憎々しい顔つきと口汚さが見事だったように思う。そして、ハリソン・フォードの渋い貫禄が印象深かった。

 本作を観た延長で、翌日、BS世界のドキュメンタリーラグビーが起こした奇跡 歴史を変えた南ア代表チームTHE MOMENT:How Sports Changed The World)['22]をBS1録画で観た。インビクタス 負けざる者たち'09]にも描かれた1995年ラグビーワールドカップにおいて、南アフリカ代表チームの初の黒人選手となったチェスター・ウィリアムズを取り上げ、政治家として卓抜した資質を有するネルソン・マンデラ大統領が取り組んだ「分断から融和へ」向かう政治を振り返るドキュメンタリー番組だった。

 ジャッキー・ロビンソンとブランチ・リッキーの関係に重なる部分を、チェスター・ウィリアムズとネルソン・マンデラの間にも感じた。番組に登場していたシヤ・コリシが初の黒人主将を務めて南アフリカが優勝した2019年大会は、奇しくも日本で初めて開催されたラグビーワールドカップだったが、東京五輪組織委員会会長の森喜朗が組織委員会の副会長を務め、当時の日本の首相が熱心に政治利用に努めつつも、到底マンデラ大統領の足元にも及ばなかったことを、改めて想起せずにはいられない番組でもあった気がする。トランプ元アメリカ大統領と同様に、国民の分断を煽ることで岩盤支持層を掴み、政権奪取を果たした安倍元首相と、分断から融和へと粉骨砕身したマンデラ大統領では、人間的スケールも見識も比較にならないから、当然の帰結のようにも思えた。

 このような番組を観ると、スポーツの政治利用というのは、戦争とは違い、それ自体が悪とは言えないのではないかと改めて思う。大事なのは利用目的とそのやり方なのだ。『インビクタス 負けざる者たち』でマット・デイモンが演じていたピナール主将も登場していて、十四年ぶりに同作を再見してみたくなった。




推薦テクスト:「やっぱり映画がえいがねぇ!」より
https://www.facebook.com/katsuji.yagi/posts/pfbid0hAtKQSVFhGDbS3V7w
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by ヤマ

'23.10.24. BSプレミアム録画



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