『タレンタイム~優しい歌』(Talentime)['09]
監督・脚本 ヤスミン・アフマド

 出鱈目答案で成績トップを出し抜かれたと勘違いしていたカーホウ(ハワード・ホン・カーホウ)が、タレンタイムの決勝ステージで母を亡くした想いを込めた演奏を弾き語りしているハフィズ(モハマド・シャフィー・ナスウィップ)の元に寄って来て奏したラストシーンでの二胡の響きの美しさが、とても沁みてきたから、間違いなくいい映画だと思った。そこで終わったから、賞金の1000リンギットが誰の手に渡ったかは不明だが、一高校での校内コンクールだから、そう大した額ではないのだろう。

 オープニングがドビュッシーの♪月の光♪で始まり、劇中でピアノによる演奏場面も現れ、エンディングでも流れるのだから、裕福なムスリム家庭に生まれた娘ムルー(パメラ・チョン)が詩に書いた月は朝にとどまり輝くのに なぜに太陽は夜を照らさない?が主題なのだろう。ままならぬ苦難に見舞われるのが人の生だとしても、脳腫瘍による母親の死や、父親も聴覚も失ってしまうことにも勝る苦難は、決してままならぬことではないはずの宗教的諍いによって恋する若者たちの想いを踏みにじる大人の所業だという気がした。宗教というのは人の心の闇を照らす太陽であるべきなのに、太陽なればこそ、夜を照らすことはないというわけだ。

 ムルーが自作のこの詩を、母子家庭の聴覚障碍者であるヒンドゥー教徒のマヘシュ(マヘシュ・ジュガル・キショール)に教えた緑の公園で、まるで天使が集まって戯れているように突如現れていた幼子たちのショットがなかなか素晴らしかった。そして、バイクの二人乗りは万国共通の青春のシンボルだと改めて思った。学業優秀でギターも歌も上手で、転校生のくせにマヘシュが聴覚障碍であることをムルーよりも先に察してフォローする優しさを備えたマレー人のムスリムであるハフィズではなく、インド人のマヘシュのほうにムルーが恋したのも、バイクという青春最強のアイテムを彼が持っていたから、ということなのだろう。監督・脚本を担った女性監督自身の体験に根差したもののような気がした。

 他方で、随所で笑いを取りに来ていたくすぐりネタのほうは、口臭・体臭・屁といった臭いネタにしても、同性愛の勘違いネタにしても、コンクール・パフォーマンスの外しネタにしても、あまり笑えなかった。マレーシアでは、ああいう見せ方が笑いを誘うのだろうか。でも、考えてみれば、日本でも似たようなことはやっているような気がする。僕の笑いの感性と合わないということだけのようだ。

 手元にある公開時の2パターンのチラシによれば、51歳で亡くなった女性監督の遺作らしい。完成後8年にわたり自主上映が続けられ、そのたび満席が続出。多くの人が“心のベストワン”といつくしむ映画です。8年の時を経て今、“不寛容の時代”に届けたい、伝説の映画。といった惹句が並んでいて、その後、特集上映もされているのだが、当地で観ることは、おそらく叶わないことなのだろう。インドネシアのガリン・ヌグロホ監督の作品も気になりつつ、未見のままだが、そのうちTV視聴できる日が来そうに思えてきたのが嬉しかった。
by ヤマ

'22.12.23. BS松竹東急よる8銀座シネマ録画



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