『福福荘の福ちゃん』
監督 藤田容介


 男気のある好漢ながらも、女性への苦手意識が露骨に顕著な福田辰男32歳(大島美幸)以上に、彼を気にかけ見合いの場を設えていたシマッチ(荒川良々)が、実にいい奴だった。シマッチの奥さん良美(黒川芽以)の同僚である笠原克子(山田真歩)が福ちゃんについて指摘していた難点は、いちいちが尤もだと合点した。そして、シマッチを克子が良美の前で褒めそやした弁についても、彼はそのとおりの人物だと感じた。

 それにしても、美人に生まれつくのも難儀なことだなどと改めて思ったりした。もし杉浦千穂(水川あさみ)がそうでなければ、憧れた有名カメラマンの沼倉(北見敏之)から、あのような傷つけられ方を受けることはなかったろうし、また、シマッチが指摘したような舞い上がらせを福ちゃんに与えることでの負い目に見舞われることはなかったろうという気がする。そういう点では、沼倉から才能を褒められて舞い上がり、高給職を棒に振った千穂が「自分に一番腹が立っている」と言っていたダメージの程が利いていた。

 作品的には、少しばかりあざといまでの善良さとユーモアを映し出しつつ、けっこうシビアな核心を衝いている部分が垣間見え、思いのほか面白かった。店の流儀に従わぬ客を脅して逮捕されるカレー屋の抜刀エピソードは、ちょっと遣り過ぎのような気がしたが、カレーと水にまつわるエピソード自体は、ラストショットを利かせるうえで、紛れもない必然性があったりするところが心憎い。

 カレーが好物だという辰男が千穂に連れられて行った専門店で、“火の食たるカレー”の味を水で消すのは許さないとする店主に対し、千穂の側に立って発した「水を美味く飲むためにこそカレーを食うんだ」との辰男の弁がラストショットで大きくクローズアップされる仕掛けになっていた。カレー屋で啖呵を切ったときには、売り言葉に買い言葉の趣もなくはなかったのだが、何がメインで何が添え物なのかは予め決まりきったことではなく、美貌とブサイク、外資企業の高給取りと極普通のペンキ職人といったことでの優劣や序列にしても、所詮は一面的な価値基準に過ぎなくて、反転することもままあるのが人の世の真実だと訴えてきていて、恐れ入った。カレー皿の手前に置かれたコップの水のなかに次第にカレー皿のほうが丸ごと映り込む形で呑み込まれていたラストショットが少々凝った撮り方だったのは、そういうことだったのではないかという気がする。

 だが、いちばん心に残ったのは、千穂にプリンを御馳走する喫茶店のママ(真行寺君枝)の今それだけ傷つくということは、誰かにそれなりの傷を負わせたからだよとの指摘だった。何気ない言葉のようでありながら、けっこう真実を衝いているような気がする。そして、その指摘と透視に千穂が感応しなければ、辰男と千穂の再会の物語は始まらなかったのだから、とても重要な巡り合わせだった。

 加えて、その感応には彼女自身の受けたダメージが作用しており、そのことがないままに、外資系企業でキャリアを積み、少なからぬ蓄えがあると自負できる千穂であったなら、たとえ沼倉の観抜いたポテンシャルとしての才能は秘めていても、辰男の笑顔の魅力への気付きと引出しは叶わなかったのではなかろうかなどと思わせるところに、なかなか含蓄があるように感じられた。

 人生というのは、蓋しそういうものだという気がする。





推薦テクスト:「映画通信」より
http://www.enpitu.ne.jp/usr1/bin/day?id=10442&pg=20141110
by ヤマ

'15. 3.30. あたご劇場



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