美術館春の定期上映会
 “社会の中で生きる子どもたち~映画の中の子ども、子どもと社会のつながり~”

Aプログラム
『イーダ』['13](Ida) 監督 パヴェウ・パヴリコフスキ
『パリ20区、僕たちのクラス』['10]
 (Entre Les Murs)
監督 ローラン・カンテ
Bプログラム
『秋立ちぬ』['60] 未見 監督:成瀬巳喜男
『キクとイサム』['59] 今回見送り 監督 今井正

 最初に観たポーランド映画の『イーダ』では、カール・ドライヤーの作品を思わせる格調を端正な陰影で醸し出す画面に先ず驚き、'62年の修道院から始まる物語を描いた映画作品がいつの時代のものなのか、コルトレーンのネイマなどを耳にしながら気にしつつ観ていたのだが、観終ってから '13年の作品だと知り、驚くとともに、ため息が漏れた。

 今回の美術館の企画上映のB(邦画)プログラムのほうで取り上げている例えば、『キクとイサム』['59](監督 今井正)のような作品をいま撮って、本作が果たしていた“20世紀映画のある種の神髄”のひとつと言えるようなものを日本で今なお現出できるとは、とても思えなかったからだ。

 かなり厳しい話ではあるけれども、少なからぬ映画作品を観てきている者からすれば、物語そのものに格別の衝撃や新味があるわけではないのだが、映画を観て、文化、芸術としての厚みがポーランドにまるで及んでいないような気がした。

 兵役を忌避して旅公演を続けているジャズミュージシャンと寄り添って生きる道を選ばなかったイーダ(アガタ・チュシェブホフスカ)の向かっていく先は、どこだったのだろう。両親の死の顛末を知っても一度は修道院に戻った彼女だけに、かつて“赤いヴァンダ”と呼ばれた検察官だったらしい叔母(アガタ・クレシャ)の突然の死によって、叔母の嗜んだ喫煙や飲酒、セックスをなぞってみた後の歩みとなれば、少なくとも、もうアンナという名に戻って修道の誓願を立てるわけにはいかなくなっているように思った。

 標を失って、生き延びる道を手探りで求めるしかなくなっていた彼女の姿は、まさに戦後ポーランドそのもののように感じられた。ドイツ降伏により国の再生を得ながらも、自らその形を定めることも叶わずに、強国の米英ソによるヤルタ会談で決められるという戦勝国とも敗戦国とも言えるような戦後ポーランドの苦悩と苦難に重なるものがあるような気がしたのだ。アイデンティティを揺るがされ、神を失い、赤いヴァンダを失い、ジャズに惹かれつつも寄り添うことのできないイーダの姿に、粛然とした想いが湧いた。


 その『キクとイサム』を龍馬の生まれたまち記念館で観たのは、五年余り前になる。特に時代設定がなかったから、製作当時の'59年を舞台にした作品なのだろう。だとすればALLWAYS 三丁目の夕日に描かれた'58年の東京に対し、翌年の農村だということになる。高度成長などまだまだ及んでいない貧しい農村の暮らしのなかで、進駐軍の落とし胤の孫二人を抱えた老婆しげ子(北林谷栄)の姿が描かれていた。

 上の子キク(高橋恵美子)が小学六年生だったから、'59年で相応だ。肌の色が黒い姉弟の行く末を老いた身で案じつつ、懸命に育てていた。当時、キネ旬でもブルーリボンでもNHKベストテンでも1位に選出された作品だそうだ。作品名は知っていたが、そのことを知らずにいたけれども、観てみて大いに納得した。

 二十五年前に中国映画『芙蓉鎮』を観て、当時の日誌に「この作品を観て最も印象深いのは、ここに描かれた中国の人々に感じられる人間としての線の太さである。」と綴ったことがある。日本人には及ばないもののように感じた覚えがあるのだが、『キクとイサム』を観て、今の時代の人々にはない“線の太さ”を感じた。

 僕の小さかった頃、まだ「合いの子」という言葉があったが、この作品のなかでは、「混じりっ子」という言葉が使われていた。「混血児」という言葉も今はさっぱり聞かないので、言葉狩りされてしまったのかもしれない。この作品も当時の高い評価に関わらず、再映される機会には、あまり恵まれていないようだ。


 現代のフランスの教育現場を描いた『パリ20区、僕たちのクラス』では、1月に6才のボクが、大人になるまで。を観たときに、その造形力と説得力の奇跡的なまでの見事さに唸りながらも「いささか反則の匂いがしないでもない」と日誌に綴った点からすれば、正真正銘の奇跡のようなリアリティにすっかり驚かされた。

 仏語の原題は「壁の間で」というような意味合いらしい。大人と子供、白人と移民、仏語と外国語、さまざまな壁の間に立って、可塑性と可能性に富んだ危うくも煌めく子供の魂と接する“教師”という職を指しているように思う。そこで求められる、ストレスフルで困難であるとともに極めて重要性の高い職務に見合ったスキルと資質についての思いを呼び起こされないではいられない作品だった。現在のみならず未来に向けて負っている職責の重要さから言えば、政治家などの比ではないような気がする。報酬とは別に巨額の政務活動費の支給がされる政治家の報酬額は、せいぜいで教師と同じ程度であるべきだと思った。

 冒頭、言葉の意味を知ることの大切さを国語教師のフランソワ・モラン(フランソワ・ベゴドー)が教える授業で始まる本作が、彼の発した不用意な言葉が大きな問題になる状況に繋がっていたところが秀逸で、それを生み出していたのがまさしく原題の示す“壁”なのだろう。タチの悪い害意は誰にも、どこにも、存在していなかった。

 教師だけではなかったように見受けられた協議委員の投票結果に対する評価は、観客によってさまざまに分かれるのだろうが、とても現実感があった。移民の子でなければ、退学処分にはなっていなかったように思うけれども、あれ以上の手続き的公正さを担保することにもまた限界がある気がしてならなかった。社会というものの“公正で民主的”な運営は、本当にむずかしいと改めて思った。






参照テクスト:「高知県立美術館HP」より
http://www.kochi-bunkazaidan.or.jp/~museum/contents/hall/hall_event/hall_events2015/子ども映画/hall_event15kodomo.html



推薦テクスト:「TAOさんmixi」より
http://mixi.jp/view_diary.pl?owner_id=3700229&id=1931970318
by ヤマ

'15. 5.16.~17. 美術館ホール



ご意見ご感想お待ちしています。 ― ヤマ ―

<<< インデックスへ戻る >>>