『カンパニー・メン』(The Company Men)['10]
監督 ジョン・ウェルズ


 いい奥さんだったなぁ、ローズマリー・デウィットの演じたマギー! リーマン・ショック以降の世界同時不況のなかでのリストラ悲劇を描いた作品としては甘いところが多々あるのかもしれないが、いかにもエンタ系アメリカ映画らしいエンディングに納得しつつ、先ごろ観たばかりのケン・ローチ監督の天使の分け前の立ち位置との違いの鮮やかな対照ぶりが何とも印象的だった。

 同じ“会社人間”というタイトルで映画を作っても、日本ではこうはならないだろうなどと思いつつ、余裕ある暮らしぶりの年収一千万を超す高給取りや億単位の役員クラスであっても呆気なく足元を掬われ解雇されるリスクを負っていれば、どれだけ稼いでいても、稼げるうちはとことん強欲にというようなインセンティヴが自ずと働きやすくなるのだろうと、妙に説得力があった。とりわけ、稼ぎが増えるにつれ余計にそうならざるを得ない感じと彼らの思いあがりというか増長を促す状況にリアリティがあったように思う。

 その頂点がサリンジャー社長(クレイグ・T・ネルソン)だったわけだが、年収20億を超えるCEOとして全米トップ20にランクインする高給を取り、威容を誇る新社屋の建築や高額美術品の収集に勤しむ一方で、不採算部門切り捨てによる万人単位のリストラにおいて、創業時からの“カンパニー(仲間)”を解雇することにも迷いのなかった彼の非情さが、何処からもたらされたものなのかを思うだに、マイケル・ムーアがボウリング・フォー・コロンバインで繰り返し指摘していた“恐怖と不安の刷り込み”によって駆り立てを促すアメリカ社会というものがあるような気がした。露骨に「社員のためではなく、株主のために働いてるんだ」とサリンジャーが言うのも、創業社長といえども株式公開をして事業拡大をした以上、いつその座を追われるかもしれない恐怖と不安があるということなのだろう。だが、そのリスクを採らなければ投資の呼び込みによる事業拡大は出来ないわけで、彼が創業時からの共同経営者たる副社長ジーン(トミー・リー・ジョーンズ)の白眼視を浴びながらも、豪勢な新社屋にこだわり、CEOの高額報酬やリストラ断行により業績好調を装おうとしていた件には、私欲に留まらない“会社を守ろうとする意思”が単なる詭弁とは言えない形で存在していたようにも見えるところがなかなかのものだった。

 叩き上げの重役フィル(クリス・クーパー)が「もう工員には戻れない」と言っていたように、よりハイクラスのステイタスを得るほどにその落差の大きさに脅えることになるのだろう。サリンジャーやジーンには及ばないフィルに比べてもほんの小僧っ子でしかなく、年収一千万円超(12万ドルと話していた)程度の37歳の元販売部長ボビー(ベン・アフレック)でさえ、すっかり肥大させていたプライドと勘違いの挫かれようにボロボロになっていたのだから、ジーンたちのような大株主にまでは至っていないフィルが最も危うい折れ方をしていたのは、致し方がないのだろう。

 地道な大工仕事に汗を流す事業主である義兄ジャック(ケビン・コスナー)が妹のマギーを気遣って赤字覚悟の値引きまでして取った仕事に見向きもしなかったボビーが、「雇ってくれ」と頭を下げに行くまでに掛かった数ヶ月の描出がなかなか程の良い辛辣さで、併せてマギーの良妻ぶりが好もしかった。

 事業主としてジャックが見せていたような“仲間”への気遣いを失わずに組織化したものでなければ、本来“カンパニー”とは言えないのだという作り手の思いが、サリンジャーに切られたジーンが私財を投じて造船会社を再興させる顛末に託されていたような気がする。若い頃からの親友が年収20億をせしめながら大量解雇を重ね、共に働いてきた友人知人を苦境に追いやるようになっているなかで、妻が150万円を超える家具テーブルを何の相談もなく買い付けたりしているのを見ていたジーンに漂っている哀感が印象深かった。

 他方で、「ずっとみんなの生活を壊してきたんだし…」と不倫相手だったジーンに対して、「共同経営者の候補に考えといて」と復縁を仄めかすリストラ人事部長のサリー(マリア・ベロ)をもう少し前面に出して描けばいいのに、とせっかくのキャラの勿体ない使い方を残念にも思った。彼女のなかにも様々な葛藤があったことを偲ばせていたのだが、リストラ担当者としても愛人としても「ずっとみんなの生活を壊してきた」との彼女の肉声をもう少し聞いてみたいように感じた。

 マギーとサリーという名前の対照からも、おそらくは作り手に思うところがあったはずなのだが、充分には生きていないように感じる一方で、夫にはない調子のいい義弟のリップサービスに対して「嘘ばっかり。でも私は好きよ」と愛想で返していたジャックの奥さんにも好感を覚えた。演じていたのは誰なのだろう。ともあれ、女優たちが揃って魅力的だったから、けっこう気に入った。104分というランニングタイムも好もしい作品だ。

by ヤマ

'14. 1. 8. BS日テレ録画



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