『アンダンテ 〜稲の旋律〜』
監督 金田敬

 少々啓発映画臭が強い気もしたが、必要な不便・非効率』と題する拙文を地元紙に掲載して物事にはなんでも両面あるとしたものなのに、不便・非効率が絶対悪のように言われるのは何故だろう。最近のことで私が最も憤慨したのは、携帯電話から口座振り込みのできるサービスが始まったことだ。一方で振り込め詐欺を何とかして押さえ込もうと、ATMに人の配置までして取り組みながら、他方ではこういうことを始めてしまう不合理に、社会としてのトータルコストや安全・安心を考えているようすは少しも窺えない。近所付き合いのよしみで銀行まで乗せて行ってもらっていた独居老人が、いずれやむなく携帯電話からの振込みを始めたりするのだろう。他に方法がないからこそ頼めたことを奪い、人と人との繋がりをますます希薄化させる。便利・効率化というものはそういうものだ。などと書いたことのある僕からすれば、今どき携帯電話にもパソコンにも背を向けて、ゆったりとした歩みで環境農業に取り組んでいる広瀬晋平(筧利夫)の生き方と人物像に目を向けた本作が主題としていることには、共感できるところが多く、支持しないわけにはいかないような気がした。

 また、このところずっとあなたを愛している負け犬の遠吠えなどをめぐって談義を重ねたりしていた母娘問題の難しさも主題の一つにあって、それに関して“家庭での父親の存在”について言及しているように映ったところに好感を覚えた。千華(新妻聖子)の母親(宇都宮雅代)が娘に対して自分の人生を託した分身を過度に求めずにはいられないことや千華が様々な不適応を起こして引きこもりに至ったことの根本原因は家庭における父親(村野武範)の在り方にあった気がしてならない。この父親と広瀬晋平という二人の男性像の対照こそが本作の主題であるようにさえ感じられた。

 千華の嘗ての職場の先輩である逸子を演じた秋本奈緒美がなかなか良かった。僕らの世代の記憶の最初にある彼女は雑誌GOROの表紙を飾ったりしていたグラビアアイドルで、41歳バツイチ独身の印刷会社技術職を演じるのは、少々サバ読みではあるけれど、なかなかカッコよくて気に入った。
 主演の新妻聖子は、演技よりもエンディングを飾った歌のほうが上手かったような気がしなくもない。黄金色した稲穂の垂れる田圃のなかで朗々と歌う姿が、生き生きとしていて効果を上げていたように思う。

by ヤマ

'10.11. 7. 民権ホール



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