『奈緒子』
監督 古厩智之


 意欲作さよなら みどりちゃん('04)を撮って海外映画祭での受賞も果たしたのに、前年のロボコン('03)ほどにはヒットしなかったためか、なかなか劇場公開作が出てこなかった古厩監督の四年ぶりの新作だったので、贔屓の僕としては、観逃したくなかったのだが、早々と昼興行のみになって機会を逃しかけていた作品だ。思い掛けなく夜上映に復帰していることを教えられ、最終日に滑り込んだのだが、考えてみればこの窓は君のもの('95)からまぶだち('00)までは五年、『まぶだち』から『ロボコン』までが三年で、『ロボコン』がヒットしたからか、翌年すぐに『さよなら、みどりちゃん』が出ては来たものの、その後が四年ぶりというのは、古厩作品としては特に開きのあるものではないようには思う。しかし、『奈緒子』は、連年で劇場公開作を撮ることができた後からの空白というものが少なからぬ影響を及ぼしたのか、これまでの古厩作品のなかでは、最も成功した作品ながら僕は最も買っていない『ロボコン』に先祖帰りすることを企図したかのように思える作品で、少々がっかりした。
 二年余り前に高知県立美術館で上映された“ぴあフィルムフェスティバル ベストセレクション”で『走るぜ』('93)を観たとき、古厩作品では、走るシーンに力があって美しい印象が強かったことを思い出し、まさしく“走り”そのものを主題とした作品があることを知って大いに納得したものだった。駅伝を素材にした漫画原作の映画化というのは、そういう意味では、いかにも古厩監督向きのように思われるのだが、そうは単純にいかないところが、映画の映画たる所以だと改めて思った。
 その一番の理由は、駅伝がレースだったからのような気がする。いかに古厩監督が画面に力を宿らせるのが巧みな“走り”であっても、そこに勝敗の生まれる行為となると、『ロボコン』がコンテストであったように、どうもいけないようだ。思えば、アマチュア時代の作品ながら鮮烈な印象を残してくれている『灼熱のドッジボール』にしても『走るぜ』にしても、勝敗のドラマが入り込まない身体運動のなかにドラマチックなエネルギーを宿らせていたことに僕は惹かれたわけだが、そこに勝敗のドラマが持ち込まれると、自ずと物語的にそのドラマを描かざるを得なくなるわけで、そうなると、いかに古厩監督の好む素材である“走り”ではあっても、勝敗のドラマのほうに邪魔だてされる形になって、身体運動を繰り返し続ける時間のなかで生み出されるエネルギーそのものを映し出すことがむずかしくなってくるような気がする。映画の映し出す画面というのは正直なもので、僕の目には、古厩監督に向いていると思えない勝敗ドラマを素材にしている弱みのほうがそのまま出ているように感じられた。“走り”そのものは美しく捉えられてはいるのだが、“走り”の姿を場面的に追ったためにレース的な展開面での緊迫感が失われていたように思うわけだ。それは、現実離れした驚異的な“走り”が持ち込まれたことで起こったことではないように思う。そのことで言えば、八年前に観たイラン映画『運動靴と赤い金魚』('97)のほうが、ドラマ的な安さはともかく、レース的な面での緊迫感と盛り上がりにおいて効果的な演出と描出を果たしていたことが記憶に新しく、二十五年前に観たイギリス映画『炎のランナー』('81)が圧巻だったことを想起すると、到底それらに及ぶものではなかったような気がする。
 『ロボコン』を観たときに爽やかないい映画であることは論を待たない。高専生徒の理数系的根暗さの加減を巧く捉えつつの爽やかさであるところもまたいい。若さを礼賛するばかりでなく、寄る辺なき不安とともにある成長を汲み取っているところに好感が持てる。そして、若者が成長できるのは、そういう内なる不安を秘めながら、どこか無防備に状況に身を預け、投げ出し没頭できる潔さが掛け替えのないものとして備わっているからだということも、作り手はよく知っている。そういう若さを仲間という形で交感し合えるところにこそ秘訣があるのだと僕も思う。けれども、僕は少々がっかりしていた。これまでの古厩作品に満ち満ちていた濃密な行間の充実によって息づいていた人物造形が、この作品では随分と希薄になっているような気がしたからだ。物語とも主題とも直接的には結び付くわけではない部分に宿っていた希有な味わいが薄れてしまい、登場人物たちが物語を展開していくうえで果すべきキャラクターとしての、類型的と言ってもいいような役割を担って進行していた印象がある。と日誌に綴ったことがそのまま当て嵌まる作品だったように思う。せっかく『さよなら みどりちゃん』でその辺りの失地回復を果たしていたのに、楽しみにしていた新作が再び十代の高校生を描いて『ロボコン』に回帰するような方向性を示していたのが残念だった。
 興行を背景として成立し、回収を計るべき巨額の出資を必要とする映画なれば、やむを得ない側面もあるとは思うけれども、アマチュア時代の『灼熱のドッジボール』や『走るぜ』に見せた魅力と持ち味を遺憾なく発揮した作品を観てみたいものだ。そして、台詞に頼らない肌触りとして心の襞と綾を実に的確に捉え、巧みに描出する古厩作品の魅力と持ち味が活かされていた『まぶだち』や『さよなら みどりちゃん』のような映画と再び出会いたいと思った。
by ヤマ

'08. 2.29. TOHOシネマズ4



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