『最高の人生の見つけ方』(The Bucket List)
監督 ロブ・ライナー


 “棺桶リスト”と訳されていた原題を『最高の人生の見つけ方』という邦題にしてあることにちょっと感心した。一代で巨万の冨を築き上げ、大統領とも面識があってジュリア・ロバーツとのランチをすっぽかせるような大物ながら、四度の結婚の後も家族の全てが離れ、気の置けない友人もなく、孤独な私生活を仕事で紛らして過ごしているようなエドワード(ジャック・ニコルソン)と、せっかく大学にまで進みながらも早くに子供が出来、生活費を賄うために学業を断念せざるを得なくなりながらも、若い時分からの旺盛な知識欲を衰えさせることなく、実直に家族を守り三人の子等を自分以上の社会的ステイタスの得られる職に送り出し、一家の長として認められ愛される人生を送ってきた自動車整備工カーター(モーガン・フリーマン)を演じた老優二人の、味のある絡みの演技を楽しむ作品だったように思う。

 映画の冒頭において雪山登山をしている男のモノローグとおぼしきナレーションのなかで、人生に必要なものとして“認められること”を提示していたのは、作り手が“最高の人生”を定義づける要素として、何を最重視しているかを明らかにしておきたかったからだろうが、その観点で言えば、社会的には最大で私生活的にはゼロのエドワードと社会的にはゼロに等しく私生活的には最大に近いカーターという、対照的でありながらも共に程の良さを欠いた充足しか得られていない“承認欲求”に対する不全を抱えた男を配置していたわけだ。実社会においては、まずは接点のなさそうな二人が、余命半年の癌に冒され、エドワードの経営する病院で、彼の経営方針に則って一室二床の相部屋生活を余儀なくされることで出会うわけだが、“棺桶リスト”と称し、死ぬまでにしてみたいことをリストアップする展開を観ていると、ちょうど四年前に観た死ぬまでにしたい10のことのアンを想起せずにはいられなかった。エドワード&カーターとアンとは、人生における歳の頃合いや性別など、いろんな面で対照的なのだが、最も大きな違いは、アンが死期を医者以外の誰にも知らせずに終末を迎えるに至っていた点だったような気がする。そして、観ている僕の目に最も強く映ってくるのが、『死ぬまでにしたい10のこと』では、人生の終末に対峙して他ならぬアンが見せた彼女の生き方であったことに対し、この作品では、エドワードやカーターの終末の生き方そのものよりも、邦題のごとく“最高の人生”は何によって得られるのかという問題のほうだったように思う。

 その点に関しては、結局のところ“承認欲求”の最終的な鍵を握っているのは“他者承認”ではなく“自己承認”のほうであることを描いていたような気がする。エドワードと共に大金に飽かせた贅沢な世界旅行を続け実際に果たすことで、真に自分にとって必要なものが何であるかを心底から悟ったカーターが、妻から再び夫となって戻って来たと受け止められるに至ったのも、娘との和解を諦めていたエドワードがカーターに促されて訪ね行き、孫娘の頬にキスしたことを掛け値なしに「世界一の美女とのキス」を果たしたと思えることにしても、言わば、そういうことなのだろう。

 リストの最初にカーターが記した二つの項目「誰かを喜ばせること」と「見も知らない誰かに親切にすること」がきちんと叶えられたことを見届けて帳を消したのが、エドワードでもカーターでもなく、彼ら二人の終末の旅に随行したエドワードの秘書トマス(ショーン・ヘイズ)であるところがなかなかよくて含蓄があったように思う。最終的な“自己承認”を下せる“最高の人生”の行き着くところは、結局のところ、その時の自分の最大関心事をしっかりと分け合える友を得ることと、家族の存在に他ならないという至極もっともなことを、気の利いた台詞と演技で見せてくれたドリーミーな物語だったわけだが、“友”に要する条件として絶対的と言えるまでに重要な鍵を握っているのが“対等性”であることと共に、人間関係における対等性とはいかなるものであるかについて、カーターとトマスがエドワードと関わる姿を並列して描き出すなかで巧みに浮かび上がらせていたように思う。二人とも、ほぼ等しいくらいの接近と親密をエドワードと結びながら、カーターは短期間ながら「生涯の友」となるわけだし、あれだけの秘書ではあってもトマスはそうとはならないよう映ってきていたような気がする。

 そういう意味での友と家族という観点から、『死ぬまでにしたい10のこと』のアンを振り返り直してみると、彼女に後者はあったけれども、前者については自ら封印していたことが、彼女の気丈さとして映りつつも痛ましさに繋がっていたのだと思う。



推薦 テクスト:「チネチッタ高知」より
http://cc-kochi.xii.jp/jouei01/0805_3.html

推薦テクスト:「映画通信」より
http://www.enpitu.ne.jp/usr1/bin/day?id=10442&pg=20080516
by ヤマ

'08. 6. 3. TOHOシネマズ3



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