あたご劇場“昭和レトロスペクティヴ”シリーズ「日活ロマン・ポルノ傑作選」

①『残酷 黒薔薇私刑(リンチ)』('75) 監督 藤井克彦
②『夫婦秘戯くらべ』('76) 監督 武田一成
 今や次第に文化財への道を歩みつつあるとさえ思える古びた映画館の座席に凭れ、幕間の音楽に流れる女性演歌歌手による「人生劇場」「ゴンドラの唄」「酒と泪と男と女」などを耳にしていると、ロマポ特集は、やはりこういう小屋で観るべきものであって、当世流行のシネコンなんぞには馴染まないと改めて思った。

 '75年作品の『残酷 黒薔薇私刑』は、谷ナオミ主演のSMポルノながら、そのタイトルから、団鬼六的な羞恥系に向かうものとは異なる趣の作品かと思ったのだが、タイトルにこそ名を出さねども、原案としてはしっかと御大の名がクレジットされていた。しかし、定型ものの恥辱官能路線とは異なり、特高・軍人の暴虐と非道ぶりを綴った作品で、裸女への緊縛や打擲によるリンチ的取調シーンは最初のほうだけで終わり、その後、嫌がらせや性行為の強要といったことは行われるものの、いわゆるSMポルノなる代物とは随分と趣を異にしていた。とは言え、ポルノ映画なのだから、絡みの場面はふんだんにあって、ひたすら千世(谷ナオミ)や弓子(東てる美)への凌辱に向かう形で軍人たちの権力行使が露わになるところが、権力者の破廉恥極まりない姿を捉えて描くという大義名分として構成されている作品だったように思う。
 ちょうど先頃、パッチギ! LOVE & PEACEでの劇中映画として登場した「太平洋のサムライ」についての話題のなかで、映画の舞台となった'74・5年当時に今のような愛国称揚を謳いあげる風潮が日本を覆っていたのかとの問い掛けを受けたのだが、ポルノ市場とは言え、こういう作品が堂々と公開されていた時代なのだからそんなわけもなく、「そういうのが出てき始めたのは80年代以降のように思います。」と答えたことが間違ってはいなかったと、改めて思った。逆に言えば、今やこういう映画は、全く作られなくなっているわけで、映画というものが時代の産物であることを再認識させられたように思う。

 '76年作品の『夫婦秘戯くらべ』は、滑稽なまでの“夫婦円満のための四苦八苦”をコメディ色満載に描いた作品だった。街頭インタビューで夫婦円満の秘訣について「ズバリ、セックスよ」と答えた人妻千穂(宮下順子)が50歳も過ぎた亭主源造(小松方正)と毎日セックスしていると聞いたレポーターの緑川俊策(中丸信)が、自身の男性機能を回復することで夫婦仲も回復したいとの思いから、初老男に毎日セックスが可能な秘密を知りたくて“覗き”に手を出す。その刺激で緑川はめでたく念願の蘇りを果たして、ちゃっかり千穂とも懇ろになったりするわけだが、その一方で、なぜか突如インポになってしまった源造が、機能回復のために今度は“覗かれる刺激”を求めて、俊策に返礼の協力を仰ぐという、ドタバタ的な狂騒を描いていた。
 '70年代は、セックスレスという言葉はまだ流通していなかった時代なのだが、映画の冒頭で女性の男性化と男性の女性化によって近年夫婦間での男性機能の低下が増えてきたとの時事評が既に出てきていたのが興味深かった。'60年代に世界の若者を席巻した感のあるフリーセックス・ムーブメントのなかで、後継者づくりよりもコミュニケーション手段としてのセックスの意義が強調され、特に日本では戦前体制である家制度の否定と個人の尊重を求める心情とも呼応して、急速に浸透していったような気がする。そして、夫婦円満の秘訣が「ズバリ、セックスよ」とされる時代となり、相手と一つになることを求める性愛のなかでも、メンタルな合一やエモーショナルな合一よりも、特にフィジカルな合一をハイレベルで果たすことを目指すためのテクニカルな練達が求められ、志向されるようになっていたように思う。とりわけ男女ともに“女性のオーガズム神話”というものに強迫されるなかで、少なからぬ女性が不感症に悩み始め、少なからぬ男たちが己が持物と技巧に不安と懸念を強く抱き始めたりしたことが、後の時代のセックスレスの蔓延を招く下地として準備されつつあった時代だという気がする。
 そう言えば、いわゆるワイドショー形式の番組が視聴者参加型で始まった頃だったということも、映画を観ていて思い出した。映画というものは、時代の風俗を捉えて実にすぐれたものだと改めて感じた。


by ヤマ

'07. 6.17. あたご劇場



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