「お祭りがあるんだ。テイルスの歓迎も兼ねてやるから、楽しみにしてて。」








島に来てから一週間経った。ここでの暮らしにだいぶ慣れてきたし、他のみんなとも馴染みそれぞれの顔も名前も覚え、
テイルスの名前はもっと早くに定着した。すっかり村の一員になった気でいて、むしろ最初からここにいたような気さえする。
初日に感じた故郷の懐かしさが一層そう思わせる。

だけど一つだけ慣れないことがあった。やたらと苦い食べ物。彼らはアメールと呼んだ。
何かの虫の子を煎ったものでこちらでいうコーヒー豆のよう。それをみんなは平然と食べるのだ。
毎食出てくるのでテイルスはそのたび少し落ち込む。口にしないのは自然の恵みをないがしろにすることになる、
恵みは一つとして無駄に出来ない、許されない行為だと怒られ、仕方なく食べるが眉をしかめるばかり。
それ以外の食事に対しては何も文句は無いのだけれど。
まさに字のごとく苦虫を噛み潰して食事している時にレナルドが言った。








「っんと、お祭り?」
「そう。これからもみんな平穏無事に過ごせることを願ってみんなで祈祷するんだ。
とは言っても儀式自体はちょこっとでその前後食べて歌って踊って、て具 合。思い切り騒ぐんだ。」

口直しに甘い果実をかじってやっと一言出せた。ここへ来て今更と思われる時期での歓迎会。
でも自分は突然やってきたのだから、受け入れてもらっているだけでありがたいことなのだ。
それなのに村の行事に合わせて会を開いてくれるなんて、とてもうれしかった。














「お酒も入るからたまにやり過ぎて暴れだす人も出で来るんだけどね。」
「文字どうりお祭り騒ぎなんだね。すごく楽しみ。」






期待に胸が小さく小躍りしている。みんなが執り行ってくれるんだ、絶対に楽しいはず。





一方でどこかに違和感を感じる。




次の日にテイルスは島をもっと色々見てくると言って一人で村を出た。これまでもレナルドに連れられて島中を巡ったが、
これから行くところはそれ以外に行っていない箇所を中心に、遠くまでのつもりだ。
レナルドには伝えなかった。言えばついて来るということは明白だったからだ。今回は一人で行きたい。
でも黙って出ると心配するだろうから、わざと別の人に出掛けに一言だけ言い残しすぐ出てきた。






「あ、アトラージ、僕ちょっと出掛けてくるね。」






村から見える山の、反対側まで来た。ここから先は足を踏み入れたことは無い。

レナルドは一人で住んでいる。
いつも寝泊りさせてもらっているのは彼の家だが、両親を見たことが無い。他の血縁者も同様、いないらしい。彼は自分の事を全然話してくれない。
二、三度尋ねてみたが触れてほしくないみたいに、すぐ別の話題に移るのだ。
なんとなくだが気を置かなくてはならない感じ。レナルドだけでなくあの村全体が不穏な空気を持っている。身に危険が及ぶものとは思わないが、
いたたまらない。一度確かめるためにあそこから離れなくてはと思い、抜け出してみた。彼らは何かを隠している。



峰に沿ってくねる道を進んでゆく。ほとんど獣道のそれは険しく、思うように進めない。
それでも決して歩みを止めない。違和感の正体を掴むまでは戻れない。
背の高い草を掻き分け方向がわからなくなったころ急に目の前が開けた。眺めの良い景色が眼下に広がる。そのときふと地面の感触を失った。
切り立った崖の上がこの場所。勇んで出した足はもう取り返しが付かず、反射的に掴んだ長い雑草を巻き添えにしてテイルスは転落した。



























後ろから声がする。次は右から。下から聞こえたが地面が無いみたいだった。上、左、前、また後ろ。何と言っているのか言葉はわからない。
言葉かもわからな い。遠くに光が現れ次第に形を作っていく。ぼやけて薄っすら見えたのは、たくさんの尻尾をもつ狐。


























気を失っていたようだ。それがどのくらいの間なのかは解らないが、まだ太陽は沈んでいない。
左肩を主に体中が痛むものの、歩くには問題無く、立ち上がって今いる場所を確かめているとあることに気が付いた。
地面が何箇所もこぶのように盛り上がっている。
崖の中腹にある棚のようなこの場所に、不自然に並んでいるそれらは傾いた日差しを受けてとても不気味だった。
恐る恐る近づいてみる。一定の間隔で立てられていて明らかに人工物だ。高さはテイルスの身長の半分より低いくらい、
表面を叩いて硬くされている。オレンジにしか見えないその表面に、黒い点を見つけた。半分だけ太陽と逆の色の、緑火石。





「どうしてこんな所に。」





指で触ってみるのだが石は土くれに埋め込まれていて外れない。テイルスは他のこぶも見た。右の基にも左の基にも同じように一つずつあった。
念のためすべて見てみたが、思ったとおり緑火石はそこにあった。
ここは何の場所だろう。考えていたテイルスは、ふと崖沿いに細い道が続いているのを見つけた。
行って見る必要がありそうだ。手がかりを探して道を上る。


細い道の終わりには壁が大きくくぼんでいるところがあり、そこに膝下ぐらいの高さの石彫りの像があった。
数えられないくらいの尻尾をもつ狐の姿が彫られている。
何を祭っているんだろう。これは神様?こんなさみしいところにどうして。だれがこんなものを?この場所は何のために。どういうつもりでつくったの?

ぱっと、一週間後のお祭りのことを思い起こした。何を崇めてのお祭りだ。それについてはだれも明言しなかった。崇めるべき神はいったいどこに。
この像の、なのだろうか。無表情につくられた細い目がこちらを睨む。でもそう考えれば昨日感じた違和感の説明が付く気がした。
振り返ると太陽が水平線にその一部を預けていた。暗くなる前に戻ろう。村はちょうどこの山と反対側だから真っ直ぐ行けば迷うことは無い。
尻尾を回す元気はまだ残っている。飛翔して、帰るが先か、暮れるが先かのおっかけっこ。





















「今日はどこにいってたの?」
「んと、ちょっと遠くまでね。」






テイルス自身、どこに行っていたと言えばいいかわからなかったから、あいまいな返し方をしてしまった。
見たままを言うべきか、でもあの場所については話してはいけないということを心のどこかで感じていた。
レナルドは怒った。いい加減な返事をされて頭にきたようだった。村に帰ってからずっと不機嫌で夕食のときにも一言も話さなかった。
家に戻り二人だけになったので彼から今日のことについてたずねてきたのだ。




「どうして隠し立てするのさっ、行くときにも僕には何にも言わないで。」













返事に詰まった。本当はみんなのことが怪しくて一度離れてみたかった、行ってないところになにかありそうな気がした、言えばみんな不快に思う、
言えばあなたは絶対ついて来る、これが心の内だ。正直に話せたものではない、しかし言い訳もできない。

場が静まった。

一言だけでもいい、何か言わなくては。しかし結局黙り込むしか方法がなかった。そうする間レナルドはずっとこっちを見つめていた。
目は合わせられなかった。視界のはしに、正面から向かい合う姿が入っただけ。彼は自分のどんな姿を見ていただろう。
うつむいて、何もしゃべらないで、肩を落として。そんな自分のことをどう思うだろう。
結局またレナルドが話し出す。癇癪で声が大きくなり、テイルスは若干ひるんだ。

「島には危ない場所がいっぱいあるのに、なんで一人で行ったんだよっ、一人で行くなんて危険だよ!」






問い詰められ、ずっと悪いことをした後の感覚がしていた。友情に反する行為をとがめられているんだと思った。それは勘違いだった。
この言葉を聞いて頭を叩かれたような衝撃を感じた。でも実際に叩かれたのではなく、それほどの衝撃を心に感じたからだった。












「心配だったんだ。テイルスが怪我してないか、危ないところに近づいてないか。」















全身についた生傷が途端に自己主張をし出した。人が心配しているのをよそに出てって、この様だ。
レナルドは勝手に出て行ったことを怒っているのではなく居場所の知れない自分の身を案じていて、叱っていたのだった。
不安で堪らなくて、それでこんな態度を取っていたのだ。

























「ごめん・・・。」

























こぼれた言葉はそれだけだった。それでも十分に正直な思いは伝わった。心配かけて、勝手なことして。















疑ったりして。





































珍しく雨が降った日の夜。
「どう思う?」
族長は側近に尋ねる。
「あの場所に辿り着いたかどうかは分りかねます。しかしたとえそうとしても、気付かれる恐れは全く無いかと。」
「あと五日、感づかれてはいるが、このままいくしかなさそうだな。」
「支障を来たすことはないでしょう。五日後、その日はきっとあなたが正式に一族の長となられる、晴れやかな日となるでしょう。」
「命日にならなければいいね。」
側近の者は客人を起こさないように静かに退室した。







































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不穏な空気。調和の前の不調和。
神が不在の祭事。

今じゃすっかり神様抜きで大騒ぎする事がお祭りだよな。