長年この湖に浮かんでいると思われる船はろくな手入れがされておらず、かなり痛んでいるのが見て取れた。
発掘調査開始以来使い続けているのではないか、外装は錆が浮き塗装はくすみ剥げている。
後方に潜水用の機器がセッティングされている。ボンベ、ウェットスーツ、足ひれにゴーグル。
また設置されているメーターのついた機器からはチューブがいくつも伸びている。

船室にもまた機械がたくさん並んでいる。
たぶんこれはソナーだろう、これは緯度計、金属探知器、他に見たこと無いものが三つ四つ見受けられる。
あとは船の操縦に関わるものだと思われる。外からの見た目に反して中身はかなり整っている印象だ。
エンジンも安定して細かく大きな爆発音を繰り返している。
つい船内を見回してしまう。やはり実地は勝手が違う、戸惑いも感じる。
その分得られる経験値も大きいと確信している。

ここで自分が何しに来たのか、はっと我に戻る。
社会見学しに来たのではない、ソルエメラルドの謎に迫るべくこの地へ遥々やって来たのだ。

甲板へと戻る。そこでは男六人が先ほどの潜水スーツを無言で手際よく着込んで、ボンベを背負ってさっさと飛び込み、潜ってしまった。
船は気付かないうちにほとんど湖の中央まで出ていた。遠景に望む山々は水面に逆さの姿を映している。
その姿は虚像と実像を足しても、腕を伸ばした際に立てた指の長さ程の高さにしかならない、ほんの小さなものだった。
船内にいて景色の変化が見えなかったせいで、どこから来たのか検討が付けられなくなっていた。
空虚な空間に一人残されたような、頼るものを失った不安と焦燥感が襲う。船上も人数が減った。それが余計に感じさせる。

「視界はどうだ?」

船内からソットの声。そうだ、一人ではないのだと理解する一方実感が湧かないでいる。不安は拭えない。
この声は自分には決して向けられていないのだから。

「まずまずだなぁ。」

電波固有の雑音混じりの声が船室に返ってくる。無線で水中と連絡を取っているのだ。

「今日は民家から探し物をしよう。面白そうなのがあったら取って来てくれ。」
「おぅよ。」

そこで無線は一時切れる。潜水に集中している間は特に話すこともない。報告を待つのみ。
その間が沈黙になったので、恐る恐るソットへ問いかけてみた。
何かを欲する時はまず自ら与えなければならないのだ。言葉も同様、掛けなければ帰ってこない。

「私に出来ることは、ないか。」
「んーと、そぅだね・・・」

何かしていないと不安に駆られてしまう。気を紛らわせるものが欲しくて声を掛けた。
そもそも助力を申し出た手前、手持無沙汰では何をしに来たのか本当にわからなくなる。
しかし正直なところ到着したばかりで、また発掘作業自体未知の領域なのだから仕事は与えてもらなければ動けない。
少々時間を置き、思案したソットから指示がでた。

「ロープとか網の準備しよう。きっと重いものを見つけてくるだろうから。」

船外に出たソットの後に続いた。船後部には小さめだが綱を巻き取る装置が備えられていた。
潜水道具にばかり目が行っていたので説明されようやく存在を知った。
ひとつひとつ教わりながら絡まないように伸ばしたり広げたり。また機械の動きも習った。

「まぁ実際やって覚えるのが一番。お、ちょうど何か見つけたみたいだよ。」

ソットは無線のほうへ飛んでいきいくつか言葉を交わした後、すぐ網を投げ入れろと言った。
たった今教わったことを反すうしながら絡まないように慎重に投げ入れた。

「OK。あとは下からサイン出てきたら、引き上げるからな。」

巻き上げの速度は調整できる。だが大抵は最遅のレベルで行う。発掘品は脆いのだ、慎重に取り扱う。
ソットの指示を待ち操作パネルの前に立つ。緊張する。漫然と引き上げるのではなく微妙な速度調整が必要なのだ。
湖は波立つ。意外なほどここの湖面は揺れ、いくつか流れが出来ている。
だから水中から品物の揺れ具合、ロープの張り具合に合わせ引いたり止めたりするのだ。

ソットが無線を片手に湖面を見やる。ザザッ、電波が入る。合図だ。

「巻くんだ。でもゆっくりだ。巻き上げる瞬間が一番、ロープから外れやすい。湖底に落っことしたら台無しだぞ。」

だが言うとおり歯車を噛ませ動き出す瞬間、ガタ、と揺れやすいので結びが外れて落ちてしまわないか怖々だ。
それさえ越えればスピードを言われたように調節するだけ。途中停止することもなく引き揚げは上手くいった。
あとはクレーンの頭を甲板側に入れ下ろすのみ。これはソットが行った。その間に潜水していた皆が上がってきた。

湖底からの発掘物を見た。その中の、平たい円形の石が気になった。中央に穴がある。

「石臼だな。下の方の。」

吊るされた網から取り出す様子はさながら漁業だ。こちらの獲物は無機物ばかりだが。
石臼。言われて資料にも載っていたことを思い出す。

「大昔はこの水底でも穀物を作ってたんだ。」

こいつで麦やらを挽いて粉にしていた。そうして藁揉み、加工をし食し、また保存した。
臼が出てくるという事は農業が文化に根付いていた証でもある。ソットは言う。
湖面の下のほとんどが田畑であったと考えられている。資料に目を通したとき確かそのような記述があった。
なるほど、こうした作業があってこそ推察がなされたり裏付けを得ているのだな。
潜っていた皆は装備を一通り外し楽に動ける状態になると発掘品の選り分けの作業に入った。
簡単な鑑定というか、水中では見づらかったので上でようやくマジマジとみるのだとか。ブツブツ呟きながら甲板に一通り並べる。

その作業中に船は動き出していた。別の発掘ポイントへ。
移動中にまたボンベに空気を入れ直し――あのチューブとメーターのついた機械はそのためのだった――準備を整え、止まったとたんにすぐ潜る。
手に持てる小さなものだったり、また大きいのを機械でいくつもも引き揚げた。
何ヶ所か巡ってこれを繰り返す。慣れない身にとってこれが目まぐるしく思えた。
文字通り目を回しそうな勢い、目の前の事で手一杯だった。
終日発掘作業。これが仕事なのだから当然だが、彼らは何回潜ったのだろう。
船上には海底から揚がったものが増え続けゴロゴロしてきた。
甲板中に転がっている小さな石はこうして引き揚げられた発掘品の欠片だった。またその重みと歪な形状のため多くの傷を残した。
発掘品は意外と乱雑に床に散らばっているのだ。またひとつ、海底から持ち込んだものが増える。

「あとはミグリオに報告して、今日の分はおしまいだ。」ソット
「またあいつ喜んですっ飛ぶんだろぅな。」オットゥシータ
「あの足で飛ぶのかよ!」リサタ
「片足あれば十分さ。」プロフォンドー

今日はここまでらしい。この日予定していた作業を終え、村へ戻る。暗くなる前に引き上げたが帰り着く頃には日は傾き闇が迫っていた。
岸に向かう船で片づけを行っていたのだが、指示もなにもされず黙って見てるしかなかった。
何かを話したくとも、輪に入りきれていない感覚が行動を怯ませる。連中同士でも口数が少ない。
結局沈黙を守ったまま船に乗り込んだポイントへ着いた。

振り返れば山に太陽が寄りかかっていた。どれだけの時間が経った、いつから発掘を始めていただろうか。
考える余力は尽きかけていた。

重量のある発掘品は体躯のいい二人が持って行く。一路、村への帰路に立つ。戻りの道を進む。
戻る、のはブレイズのにとって入口までのこと。村の中にまで足を踏み入れるのは初めてだった。
辿り着き、入口でほんの一歩踏み出すのを逡巡した、ブレイズの心境を察し先を行くソットが彼女に向き直る。

「ここがわが村です、どうぞお寛ぎ下され。」

紳士ぶったソットの態度が彼のキャラクターを示している。
品性を備えたおどけ方は下世話にならないし、高飛車で鼻につくということもない。
一人が、何がわが村だ、と茶々を入れた。そしてみな笑うのだ、彼女も含めて。
村に入るとそれぞれが散開する。これで今日は皆終いなのだろう。
どうすべきか様子を見ていたら、ソットに連れられて滞在場所へと向かうことになった。

「お疲れさん。明日からもよろしく。」

たぶん、疲労で凄まじい表情をしていたのだろう。
後に考えてみたら、彼はこちらの顔色を見て、村の案内を省きここへ連れて来てくれたのだろう。
正直、この時は何も考えられなくなっていた。

夕食も取らずに床へ突っ伏した。疲れた。そう弱音を上げる唇ですら動かすのが困難だ。

宛がわれた寝床はゴワゴワしていた。これと比較できるような酷いベッドで未だかつて寝そべったことなどない。
そのくらいに寝心地は最悪だった。しかしほぼ倒れ込むと同時に眠ったためそのことを気にする余裕など、その時点では無かった。









































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まだまだ序の口。明日に備えよ。